語らう拳……
「シュリ、姐さん……」
俺はやっぱりそうかと再度頷くと、リアナが注いでくれた火酒を煽る。この世界でも酔いは存在するが、肉体的な心配は必要ない。
そんなことをしている内に、その場の全員の注目を集めた女が、こちらへと歩みを進めてくる。
獣のたてがみのようなショートカットの赤髪。女性らしい丸みを残しながらも鍛えられたしなやかな四肢。そして、燃えるような気迫を込めた瞳。
それらすべてが、俺に対して向けられる。
やがて彼女が俺の目の前に来た時、片手を上げて、
「よ。久しぶりだな、シュリ。視察は終わったのか?」
そう、声をかけた。
次の瞬間、俺の目の前で彼女の拳が静止していた。拳圧が俺の顔面を撫でる。
「レンくんっ!」
「心配ない」
ユウナの声にそう答えると、俺はその拳を脇にどけた。
「いきなりはひどいな」
「……どういうつもりだ」
答えたのは、押し殺したような声。シュリはその強い目に何らかの激情を込め、俺に合わせてきた。俺は真面目な顔をして、口を開く。
「頭領に戻ることにした。いままで苦労をかけたな」
俺がそう言うと、周りの者達が嬉しそうな声を上げる。しかしシュリは再び拳を振り上げ、俺に向かってそれを振り下ろした。かなりの速度のそれを、俺は首だけで避けた。
直後、シュリは声を荒げた。
「ふざけるなッッ! オレたちを置いていったアンタがなんで今更――」
「――邪魔するのか?」
ゾッ。
瞬間、その場の者全員が震え上がった。
システム的なものではない、純粋に人間の本能を刺激するような感覚。
恐れだ。
それを一身に受けたシュリは、ひどく辛そうな顔をしていたが、その目は未だ強く俺を睨みつける。
俺は思わず感心した。
「……強くなったな」
「うる、さい……!」
激情を漏らしたような声を出して、シュリは俺を睨み続ける。周りが先行きを不安そうな顔で見ている。
「い、今のは……?」
「レンの仕業だよ。どうやるのか知らないけど、相手を圧倒するんだ。不思議だよね」
急に現れた怖気に驚いた様子であったが、特に騒ぐこともなくユウナやミンも大人しく眺めていた。
しばしの間、俺を睨み続けるシュリ。しかしその後何やら手を動かしてメニューを操作。そして、しばらくすると俺の目の前にウィンドウが出現する。
それは決闘の挑戦状だった。
「……オレと闘え」
「いきなりだな……」
絞りだすような提案に、俺は苦笑で返す。それに苛立ったわけでもないだろうが、シュリは語調も荒く、言葉を続けた。
「アンタが勝ったら言い分は認める。でも、オレが勝ったらアンタは――」
「言わなくていい」
遮った俺の言葉にシュリは歯軋りをする。
「……ナメやがって」
そんな言葉に返事はせず、俺はただ目の前のボタンをタップした。
もちろん肯定。
押した途端、酒場の中に異次元が生み出され、俺とシュリ以外は一定以上まで遠ざけられる。決闘場の生成だ。
「レンくんっ!」
「ユウナ、俺が今まで隠してきたこと……見ておいてくれ」
異空間が出来上がるなか呟いたその声が届いたかどうかは曖昧だったが、ユウナはしっかりと俺の言葉に頷いたように見えた。
俺はそれに満足すると、前を向く。
少し離れた場所に、シュリが立っている。設けられた準備時間で、装備を確かめているようだ。彼女の手には無骨な手甲がはめられている。拳闘士のスタイルだが、彼女は他にユウナの《巫女》のような特殊職業スキルも持っている。
ユウナの《巫女》はエンチャントの効果上昇と《舞踊》の習得だった。効果は一つとは限らない。
そして、俺が知っている彼女のスキル効果は一つ。この半年で成長をしているのかどうか。
気にするのはそこだけだ。
俺がそうやって静かにシュリを観察していると、彼女は棘のある口調のままで問いかけてきた。
「……武器は」
「使わない」
「どこまでもナメやがって……ッ!」
怒りを強くする相手の様子を見て、俺は嘆息する。言っても仕方ないとは思いつつも、そのまま言葉が零れる。
「ナメてるわけじゃ、ないんだがな」
そうこうしている内に、既に準備時間は終わりを迎えようとしていた。
始まるまで、数秒。俺は自分の装備をざっと確認して、ウィンドウを閉じた。
そして――
――――FIGHT!
燃えるようなその文字が視界を埋めた瞬間、シュリが飛び出してきた。
先制必殺の右拳。俺はそれを同様にして迎え撃つ。
シュリの手甲と俺の拳が、音を立てて激突する……誰もがそう思った未来は、違う方向に分岐した。
音はしない。
ただ、シュリがバランスを崩して宙に投げ出された。
「チ……ッ!」
シュリが舌打ちとともに空中で身を捻り、そのまま危なげなく着地する。
「相変わらず猫みたいな奴だな」
「これでも《天虎》って言われてる」
俺が笑いながら言うと、シュリの方も口唇を上げるような笑みを見せた。『愚者の盾』から離れた俺に怒っているようだが、戦闘となれば興奮が抑え切れない。
シュリは立派な戦闘狂だった。
「戦闘は楽しくなんてないぞ?」
「強敵を倒す瞬間が楽しんだよ。アンタみたいなねッ!」
言うが早いか、シュリは再び俺の攻撃を仕掛けてくる。その目は爛々と輝き、先程までの激情がそっくりそのままアドレナリンとなっている。
俺は思わずため息を吐いた。
「……どうせ無駄だ」
そのままゆったりと、しかし隙のない構えを見せながら、俺はシュリの動きに集中していったのだった。
◇◆◇◆
「……シュリさん、攻撃を受けたんですか?」
初撃の交差。レンの頭上を弾かれるように投げ出されている《天虎》の姿を見て、ユウナは呆けたように呟いた。
それに答えたのは、隣でニコニコと試合を見守っているミンだった。
「ううん、ダメージはないんじゃないかな。ただ投げただけだし」
「投げた?」
「うん。シュリの拳からダメージを受けないように手刀で逸らしながら、そのままその腕を掴んでぽーん、みたいな」
「でも、そんな簡単なことじゃ……」
「うん、だからレンは凄いんだっ」
ミンの嬉しそうに言う姿を見て、ハッとユウナは息を呑む。今日知ったとはいえ、そういえばそうなのだ。
錬成鍛冶師レンは、正式サービスで多くの命を救った『愚者の盾』の頭領。
頭では理解していたはずのことも、こうして目の当たりにして初めて実感した。半年ほど前、戦友を通じて知り合った彼は、只者ではなかったのだと。
「でもね、本当に凄いのはそこじゃないんだよ」
「? ……ミンちゃん、どういうことです?」
視線は戦う二人から離さず、耳だけはミンに傾ける。レンは何度も何度も、シュリの攻撃を無効化している。
そして、ミンは言う。
「レンはAMを一つも使ってないし、特殊職業スキルは《鍛冶師》を控えにしてるだけなんだ」
「え、それは……」
ありえない。そう思ったのが顔に出ていたのか、ミンは輝く笑顔を浮かべて胸を張って言った。
「レンのあの強さは、全部プレイヤースキルなんだっ!」
信じられない。その思いから、ユウナは驚きに口元を押さえていた。
プレイヤースキルというのは、システムスキルとは違う本人だけの力。それはつまり現実世界でのものと等しく……あの強さは現実世界のものということ。
「なんで、あの錬成魔法を使わないんです?」
「ユウナちゃんのためだよっ。本当の力を見てもらえるように」
素朴な疑問に返ってきたミンの言葉に、顔を赤くしてしまう。ユウナは慌てて言葉を紡ぐ。
「で、でも、シュリさんも今はまだ本気では――」
「今はね。でも、もうそろそろ来ると思うよ。《天虎》の本領が……」
ミンがそう言って更に注目したのを感じ取って、ユウナも集中する。《天虎》の戦い方は噂でしか知らない。見逃さないようにと、目を凝らす。
そして――




