強さとは
◇◆◇◆
「総長」
「……その呼び方やめてくれないかな。なんか堅気じゃないように聞こえるじゃないか」
「……実際に凄いのですから、構わないかと」
「ユン……誰の案?」
「それはカイムです」
アルヴァの脳裏に、お調子者の赤髪が浮かび上がった。その像は、ヘラヘラと笑っている。
「よし、彼と今度稽古しようかな」
「手加減をお忘れなく」
明るく言うアルヴァ、止めないユン。良いコンビである。
アルヴァは今後の予定を新たに付け足しながら、準備にかかる。ウィンドウを開き、攻略組のユニオンマスターたちにメッセージを送る。
それに集中しようとしたところで、アルヴァはいまだユンが目の前に立っていることに気づいた。
「そういえば何か用があったみたいだね。どうかした?」
「はい。一つ、質問があるのですが」
「言ってみて」
ありがとうございます、と感謝を口にして軽く頭を下げると、ユンはアルヴァの方を見る。その視線をアルヴァは受け止め、質問を待った。
やがて、ユンが口を開いた。
「レンというあの鍛冶師。彼をどうなさるおつもりですか?」
その質問の意味をはかりかねて、しかしすぐに思い当たる。自分の行動を客観的に見つめ直して、気がついた。
アルヴァが自らプレイヤーへ決闘を持ちかけ、実力を判断する。それは彼が『解放軍』にその人物を勧誘する際の流れだったからだ。
うむ、と少しわざとらしく顎に手を当ててから、質問に答える。
「別に引きこもうとは考えてはなかったけど……ただ、一戦交えたほうが分かりやすいと思って」
「分かりやすい、ですか?」
「うん」
アルヴァはそう言って、自分の感じたことを再び考察する。それは、初めてレンという錬成鍛冶師に出会ってから今までのことだ。
考えがまとまり始めたと感じた頃、アルヴァはユンの方を向いた。
「この世界はゲーム世界。いくら脱出不可能のデスゲームといわれようと、プレイヤーのそんな認識は変わらない。僕もまた、ここはどこか現実とは違うと思っているしね。ここでは、強さがものを言う」
「強さ」
「武力、知力、魔力、閃き、そして人間的な魅力。いろいろあるけれど、何もせずとも生きていける現実世界とは、違う世界。この世界じゃ、何らかの力がないと生きていけない。これは命がただあるというのとは違うものだけどね」
「それはどういう」
「デスゲームというプレッシャーに負けてしまう。これがこの世界で最も多い、『死因』なんだよ。命は保っても、身体に生気がこもらなくなってしまってる」
この世界はそんな世界になってるんだ。そう悲しげに語るアルヴァを見て、ユンはアルヴァを優しい人だなと感じていた。
そこで、ユンは自らの質問を思い出す。同時にアルヴァも思い至ったようで、続きを口にした。
「その強さをね、彼はかなり持っていると思うんだ。僕が見る限り、武力、知力、応用性ぐらいは少なくとも」
「それほど、ですか?」
最大組織『解放軍』をまとめている貴方がそこまで言うほど。
そんなユンに「それほどさ」とアルヴァは笑う。
そして、言う。
「見極めてみたいんだ。彼の器を。強さを」
そんな彼を見て、ユンは柔らかく表情を緩めた。
「協力いたします、総長」
「……ユン、君、実は楽しんでないかい?」
そうして和やかに過ぎるように思われる時間も、ゲーム全体の話ではないということに、気づく者はいなかった。
◇◆◇◆
それからの時間はあっという間に過ぎた。
「めんどくさい」
「自分でまいた種なんだから。というか、もう少し先のことも考えなよっ」
今、俺は決闘前の控え室にいる。今回の決闘は了承した途端にその場で始まるようなものではなく、ちゃんとした決闘場を用意して行われるものだった。
別に戦いやすさに違いはない。それなら何故そのような形式にしたかというと、それは見物人の違いだ。アイン内で最も広い広場に特設ステージを作ってあった。
『鉄鷲』、『フラッシュアーク』を始めとした攻略組。それらがズラーッと今頃対戦場を囲っているだろう。急ごしらえとはいえしっかりと準備された観客席が満席になったという話を、ミンに聞いていた。
俺はそれを聞いた途端なんだか面倒くさくなって、今に至るというわけだ。ぐでっと用意された簡易机に上体を横たえる。
後数分。用意された時間は、観客の招待と試合の準備だ。武器の状態を確認することになっている。
俺はぼーっとして出番を待っていた。暇をつぶそうとして羊を数え、瞼が重くなり、そして肩を叩かれた。それも結構強めだ。
「……痛い」
「出番だよっ。レン、頑張ってねっ!」
「……うん、頑張る」
眠気に少し、幼児退行してしまったらしい。
俺は軽く深呼吸して脳に酸素を送ると、そのまま立ち上がった。控え室を後にして、対戦場へと向かう。暗かった控え室前の通路を少し歩き、光に満ちる対戦場へと足を踏み出す。
試合の場へとたどり着くと、一つ高くなっている壇上にいかにも騎士といった装備をしたアルヴァが仁王立ちしていた。
青銅色の線と模様の入った鎧を着こみ、腰には一振りの剣。左腕に付けた円盾。
この中で最も目を引くのは剣だ。
形は少し豪華なだけの片手剣のそれだが、なにか特殊な効果でもあるのか、その存在感はただの剣とは段違いのものを放っている。胸には『解放軍』の所属を示す交差した二本の戦槍の紋章が金で掘られていた。
アルヴァは華奢な体躯ではあるが、身長は低くない。その華奢だった印象も、その鎧のためか、こちらに相当の威圧感を与えてきた。執務室での普段着が嘘のようだ。
「よかった、来てくれたか」
「まぁ、面白そうだし」
俺はそう言うと口唇を上げて笑う。それにアルヴァも同様の笑みを見せた後、周りを見渡した。
「これより、『解放軍』代表と『愚者の盾』代表の試合を行う! これは実力の披露でもある。皆、刮目して見てくれ!」
そこで俺は初めてそちらへ意識を向けたが、そこには確かに実力者と思われる眼光の鋭い人物ばかりが観客として座っていた。そして更に視線を巡らせた後、俺が視線を留めてしまった場所には、なぜか『愚者の盾』のメンツがいた。男衆がこちらに向かって笑顔でなにか叫んでおり、女衆はここまで聞こえるような黄色い悲鳴を上げている。そしてリアナは、妹のリナの世話を焼いていた。俺は思わず笑う。
先ほどのアルヴァの言葉に観客はざわついている。しかし、それは盛り上がってのことではない。
――『愚者の盾』って噂の『旦那』だよな? 姿を現したのは噂で聞いてたが……。
――でも、レンって書いてあるぞ……?
――レンって『レン印』の鍛冶師か?
――まて、おかしい……それなら何故だ。
観客はほとんど全員が俺の方を向いている。言いたいことはひしひしと伝わってくる。
何故、その手には何も握られていないのか、と。
その疑問が耳に届いたのだろう。アルヴァが俺に呟いた。
「武器を使う程でもないってことかい?」
「危なくなったら、使うさ」
俺の言葉に「面白いね」と呟くと、アルヴァは再び声を張り上げた。
「勝負は、決闘用ライフを全損させた方の勝利! ただし、アイテムの使用は不可! 例外として武器の交代だけが認められる!」
え、元々は認められてないのか。それにアイテム禁止は錬成魔法も同様である。どうやら本当に実力だけらしい。
それだけ思う俺とは対照に、観客たちは驚きにどよめいた。
普通、武器を複数扱おうとする者はいない。デスゲームと化したこの世界では、一つの武器を専門にしたほうが結果的に強くなり、生き残りやすいからである。
武器の交代ありということは、そのセオリーを破るということ。
そして、《騎士》の名を持つアルヴァは、その通り名が示すように、剣と盾を利用することが知られている。
必然的に、俺の方に注目が集まるというわけだった。
俺はその視線にうんざりした顔をした。注目を集めるのには、慣れていない。
しかし、そんなことを呑気に考えている余裕もなく、アルヴァがその腰の剣を抜き放った。シャランと軽やかな音とともに、その剣はその刃を露わにし、アルヴァは正中にそれを構える。
「準備は、いいかな?」
「ああ」
俺は右半身を一歩下げた。特に構えはない。
しかしそこから何かを感じ取ったのだろう。アルヴァはちらりと視線を審判役の人間へと合図として送る。
その審判役はカウントを始めた。
十から始まるそれを聞きながら、自分の集中が高まっていくのを感じる。
意識が引き絞られ、鋭く、深くなっていく。
このとき俺は、本気を出してもいいかな、と思い始めていた。
それほどまでに、アルヴァから強い闘気を感じる。俺の放つ殺気とは違う、純粋な武の気配。
それに、俺は高ぶっていた。
一、と審判が数えた時、俺の全身の感覚が澄んだものへと変わる。
そして、
「試合、開始ッッッ!」




