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動き出す愚者



 しばらくその場で情報交換。しかし俺が持っている情報はかなり少なく、大した結果は実らなかった。しかし、俺の使う《錬成》技術には実用的な部分が多いということで、後日それについての情報を詳しく聞かせることになった。

 とりあえずアルヴァやユンとフレンド登録を済ませて、その場を後にする。まずやるべきことを済ませてから、互いに予定を合わせようということで解散したのだが。

 俺は現在、がっくりと肩を落としている。


「俺のノンビリ鍛冶師ライフが……今言っても無駄なことか」

「デスゲームでのんびりってのもね……誘ったボクが悪いのかもしれないけど……」

「それはない。安心しろ」

「……ありがとっ。よし! 張り切っていこ―っ」


 俺とミンはそんなことを話しつつ、ある場所に向かっていた。しかしそこには明らかに足りないものがあった。

 会話に参加していない一人のことだ。


「ユウナ」

「……」

「ユウナ? どうかしたか?」


 俺がそう言って俯きがちなその顔を覗きこむと、驚いたように彼女は仰け反った。


「わ、びっくりしました」

「どうかしたか? なんか元気無さそうだけど」

「あ、い、いえっ。なんでもないんです」


 慌てて両手を振って誤魔化すようにするユウナを不思議に思って、俺が首を傾げる。すると、そこでミンがニヤニヤしつつ俺を見てきた。


「夫に隠し事されるお嫁さんの気持ちかなぁ?」

「お、お嫁――!?」

「おいおい、あまりいじるなよ。で、どうしたんだ?」


 トマトになったユウナの顔を再度覗き込むようにして尋ねる。

 ユウナは先程よりも明らかにもじもじとしてなにか呟いた。


「お、お嫁さんの……」

「ん?」

「いえ、衝撃の事実に驚いただけですっ」

「そっか。今まで隠してごめん」


 俺が殊勝な態度で頭を下げると、「わ、わかればいいです」と戸惑ったような声でユウナが言うのを聞く。それを聞いて、思わず苦笑を漏らす。

 しかし、ユウナは小さな声で呟いた。


「レンくん……凄い人だったんですね」


 その、自分に言い聞かせているような声に、俺は申し訳ない気持ちになった。


「信じられないか」

「いえ、レンくんはそれほどの人だと思います」


 ふるふると首を横に振って言うユウナ。大げさだ、と笑って言う俺に、彼女は真剣な目を向けてきた。

 そのまま彼女はそっと目を伏せる。


「でも……それだったら私が一緒に行動するのが変じゃないかって……」

「くくっ」

「ぷっ」

「もうっ! なんで笑うんです!」


 俺とミンの反応を理解できていない様子のユウナに、俺は微笑んだ。同様にミンも笑顔を向けている。

 俺はしっかりとユウナに視線を合わせる。


「俺は、おまえを大事な仲間と思ってる。もちろんミンもだ」

「え?」


 呆けた様子のユウナを見て一度笑みを深めると、俺はなんとなく空を仰ぎながら続きを口にする。


「デスゲームなんていう非日常で、人を簡単には信じてはいけないこの世界で。それでも俺はユウナを仲間にしてよかったって思ってる」

「レンくん……」

「隠し事してて悪い。でも俺はおまえとは仲間でいたい。自分勝手で悪いけど、もしよかったら」


 これからも。


 その言葉は、ユウナによって遮られた。


「先程も言ったように、私はこれからもと思ってます。すべて白状してくださいとは言いませんけど……でも私に相談ぐらいしてください。でないと、射っちゃいますから」


 背筋が震えた。

 表面的には怯えているようなそれも、内面には喜びにあふれていた。


「そのときはボクもナイフでグサッとやっちゃうよーっ」

「共闘ですねっ」

「待て待て、《武芸者》二人に狙われてたまるかっての!」


 それでも死にはしないけどな。

 そういう白ける言葉は捨てて、俺は引きつった笑顔を見せた。それにユウナとミンが顔を見合わせると、同時にくすくすと笑った。


「そういえばレンくんは《武芸者》なんですか?」

「うん? まあな」


 これまではひた隠しにしてきたこともなんでもないように口にする。ユウナはそれに少し目を見開くようにすると、そのまま俺の方に笑顔で見た。


「今度、決闘してください」

「……美少女に決闘を挑まれるとは」


 俺の言葉に恥ずかしそうにやや顔を赤めると、ユウナは「いいじゃないですか」と唇を尖らせた。


「どれぐらい強いのか知りたいですし。あわよくば、攻略を手伝ってもらいましょう」

「本音漏れてるぞ」


 笑いながら俺が言うと、「バレちゃいましたか」とユウナも笑った。

 そしてミンは少し膨れて「負けないからねっ」とユウナに向かって言った。


「これでイーブンですね」


 ユウナもミンに向かって言う。そんなふたりのやり取りが、俺にはいまいち意味がわからない。

 ただ。

 今まで隠してきたことが、それほど周りを怖れさせていないという状況に、俺は密かに喜んでいた。









 俺たちは『解放軍』本部から出た足そのままで、アインの路地を歩いている。しかし、そこはいつも歩く大通りではなく、アイン北側の外周に近い場所だった。

 ユウナには『解放軍』の格好は控えさせている。俺とミンも軽装で歩く。そこは大通りほどの活気はないが、そのかわり大通り以上の人がいた。


「ここが、居住区ですね」

「来たことはなかったか?」

「恥ずかしながら『解放軍』の方が忙しくて……ここにプレイヤーの半数が暮らしているんですよね」

「ああ、非戦闘職の奴らがな。そのおかげか、大通りよりもレアな装備品が売ってあったりするぞ」

「ボクのこの防具も作ってもらったんだよっ」


 ミンの言葉に、ユウナが関心を持ったように周りを見渡す。しかし、そこにはどうにも貧しさが漂っていた。路上に座り込む男性。果実をとってすぐに売りに行く子供。

 戦って稼ぐゲーム世界だとはとても思えない。


「ここから、出ないんでしょうか」

「怖いんだよ。一度腰を落ち着けると、外が怖くて仕方なくなる。襲われたくなくて、ここに居続ける」

「そう、ですか」

「リアルでも同じ事だろ」


 そんな俺の言葉に、ユウナは驚いたようにこちらを見る。しかしすぐに「そうですね」と気持ち落ち込んだように言った。


「ここで、『愚者の盾』の人が頑張っているんですね」

「たぶんな」


 そう、俺たちの目的地は『愚者の盾』だった。


 俺がアルヴァとの話し合いの中で決まったこと。それは、俺が『愚者の盾』の頭領に戻ることとそこで得た情報を共有することだ。

 俺は正直気が進まなかったが、自分の正体を認めてしまった時点で避けられないことだと、諦めた。

 これからは攻略の方にも気を割いていきたいと思っている。この世界を抜け出すため。両隣の二人の笑顔を見るため。

 恥ずかしいな。

 普段は絶対に思わないことを考え、一人赤面しそうになる。


「何処にあるんですか?」


 突然、ユウナがこちらに問いかけてきた。

 俺はそれを問い返す。


「……え、何が?」

「何がって……『愚者の盾』さんの本部です」


 「ボクもそれ思ったーっ」とミンが同意する。その言葉に驚いたのはユウナだった。


「え、ミンちゃんは知ってるんじゃないんですか?」

「知らないよ? 確かにレンが頭領だってのは知ってるけど、一緒に活動はしてなかったんだ。おまえは攻略組にでもなってろって言って」

「ミンには自分のことに集中してもらいたかったからな」


 俺はそう言いつつ、そっか、と納得する。

 世間では、『愚者の盾』は『解放軍』と同じようなものと考えられているのだったか。


「それで何処なんですか?」

「こっちだよ」


 俺はそう言ってやや自信のない足取りで歩き始める。既に半年以上来ていない場所だ。うろ覚えなのも仕方はない。

 どんな反応をするだろうかと、少しだけ二人の様子が楽しみだった。





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