旦那ぁ
あまり使わない記憶野を必死に振り絞りつつ、俺は足をすすめる。路地を右に左に曲がっていき、やがて開けた場所に出る。そこにはいくらか人通りもあった。
「ここは……」
「アイン最北の道だ。他の路地より広めだから、いろんな店が開かれてるし、住居もある」
へぇ、と周りを興味深そうに見渡す二人。それと同じような視線を、二人は受け止めている。このあたりの住人が、見慣れない客に何事かと注視しているのだ。
そしてその中の多数が、目を見開いて俺の方を見ていた。
「レンくん……随分有名なんですね」
「いや、きっと可憐な二人を連れてるからだろ」
俺の言葉にユウナは顔をかぁっと赤らめ、ミンは恨みがましそうに俺を睨む。それに肩をすくめて、俺は再び歩みを進めた。
様々な視線を引きつけたまま歩く。武器屋、果物屋、宿屋、行き交うプレーヤー。俺は内心「どこだっけ?」と思いながら、視線をめぐらしていた。
「本部、無いね?」
大きな建物を探しているのだろう。ミンがきょろきょろと背伸びをしながら見回している。俺はそれに苦笑を浮かべると、ようやく目当ての場所を見つけた。
「あった。二人とも、こっちだ」
「え、でもこのあたりにはなにも……」
なにか言いかけていたユウナの言葉を待たず、俺は目的地に真っ直ぐ向かう。やがてたどり着いたのは一つの店だ。
『最後の晩餐』
そう書いてある看板を目にして、ミンが首を傾げる。
「酒場? レン、まだお酒は早――」
「いいから。ほら、入れ」
俺は面倒くさくなってミンを店の中に蹴りこむ。そしてユウナの背中を押して、自分も入った。
中は外観以上の広さを持ち、カウンター、テーブルどちらにも均等まばらに人が座って酒杯を傾けている。その大半は幅広い年齢層の男どもだが、ちらほら女性も見受けられた。
俺は視線を下ろす。目の前に転がるのは、当然ミンだ。
「ひどいっ」
「大丈夫、ミンちゃん? ……それにしても、どうしてここへ?」
ミンが起き上がるのを助け起こした後、ユウナが俺に疑問顔を向ける。いつも通りのその光景に思わず苦笑しながらも、俺は周りに視線を巡らせた。
「『愚者の盾』はただの団体名でな。『解放軍』のように立派な本部があるわけじゃない。ただ、幹部たちが集会を開くときだけ、この店に集まることになってるんだ。連絡事態はメールで何とかなるしな。ま、言ってしまえば、ここが本部ってことだ」
「なるほど……そうだったんですね」
「実は本部づくりが面倒くさかっただけだったりしてーっ?」
ユニオンホームは、それなりの金と《大工》スキル持ちが数人いれば建設できる。
俺は視線を上に向けた。見えるのは一面茶色の木製天井。
「いい天気だな」
「誤魔化すにしてもひどいよっ!?」
「はっはっは。そう言うなよ」
俺がわざとらしく笑うと、もうっと言ってミンやユウナも笑う。
そんな和やか雰囲気で。
「「「……」」」
視線集中キャンペーン実施中だった。
俺はそれに気づくと、傍の二人を見る。
一人は大和撫子もびっくりの黒髪美少女。比較的くっきりした目と凛々しい顔立ちは、美しさを損なわない強気さや淑やかさが共存しているのが見て取れる。スラリと伸びた肢体には男どもの視線を釘付けにする力が内包されているだろう。
一人は元気いっぱいの犬っころ。可憐な見た目と愛らしい挙動が見る者の心を和ませる。ぱっちりお目々は綺麗なもので、身体は小さいが溢れるパワーが魅力だろう。
俺はそんな二人を視線から守るために、一歩前に出た。
「酒を――」
「「「だ、旦那ぁ~~~~~!」」」
酒場内の人々が全員ガタッと慌てたように席を立ち、口を揃えて言う。
どうやら視線の先は俺だったらしい。
俺はそんな視線を受け止めて後ずさりをしつつも、「よ、よう」と挨拶をする。するといい歳した男どもは目に涙を浮かべて、
「「「旦那、よくお戻りになられましたッ!!」」」
「お、おう……?」
なんだか予想以上の歓迎の言葉に俺は戸惑う。しかし状況は待ってくれず、事態は進行する。
「リーダー、おかえりなさいっ!」
「もう! どこに行ってらしたんですっ? 私たち、心配したんですよっ!」
そう言って俺に近づいてくるのは、この酒場で給仕として動いていた女性たちだ。背後のユウナたちが驚いているように、ここの給仕たちはすべてプレイヤーだった。
「私たち、リーダー専属のウェイトレスなんですからねっ!」
「おうおうっ? オメェら、御頭専属で俺たちにはしてくれねぇのかよう」
「今までは仕方なくよ、仕方なく! だいたい今時『おかしら』って呼び方はないでしょっ。ダサいわねっ!」
「んだとーっ。乳揉むぞこのやろー!」
「ほんっとさいってー!」
あはははは! と笑いに包まれる酒場。アイン中央の大通りでもこれほど大騒ぎする場所はないだろう。俺はなんとなく懐かしさに言葉が出なかった。
そんな俺の様子を見て取ったのか、給仕の女性たちは俺の腕を引いて奥に連れて行こうとする。「ハーレム羨ましいですぜっ!」という声を浴びながら、俺はカウンターに座った。
そこにいるのは、この酒場の女将リアナ。二十前半の若さと美貌にもかかわらず落ち着いた雰囲気を持った女性である。
そんな彼女が、ゆったりと笑う。
「おかえりなさい、頭領」
「……ああ、ただいま」
俺は古巣に帰ってきたと言う実感を、ここでするのだった。
「ほら、貴方達も座って。お酒はいける?」
「い、いえ……ジュースはありませんか?」
「ボクはいけるよっ! それにしても人気者だね~?」
リアナが席を薦めた相手は、ユウナとミン。騒ぎに紛れ込んで自然にカウンターについた二人だったが、言葉を発することでさすがに注目は集める。
俺の周りで騒いでいた男どものうち一人が、声を上げた。
「あれ、もしかして《戦巫女》のユウナさんじゃねぇかっ?」
その言葉に、一瞬辺りは静まり返った。
そして、
「その隣の可愛い子……もしかして《銀閃》じゃ……」
「……」
再び静まり返る。
直後、更に騒がしくなったことは言うまでもない。




