総長の器
その瞬間、確かにこの部屋で、時は刻むのをやめた。一拍遅れて息を呑むような音はユウナのものか。
俺はしばらく何を紡ぐか迷った後、ようやく単語を絞り出した。
「……なにを」
「一番最初に思ったのは、やっぱり《氷龍》の件だね。それだけで、君が相当なハイレベルプレイヤーだと分かった。レベルといっても数値じゃない。技量の話だ」
アルヴァは語る。淡々と、俺に言い聞かせるように言葉を紡いでいく。もしくはそれは後ろのユウナたちにかも知れないし、彼自身にかもしれなかった。
言葉は続く。
「それから君のことを調べてみると、興味が湧いた。あまり使いこなす者のいない《錬成》スキルを用いている鍛冶師。一見それまでのようだが、考えてみればおかしいことばかりだ」
「なにも、おかしくはないだろ」
「君は戦闘はからっきしという設定でいたみたいだけど、それなら何故、あんな場所に店を構えられる? それも、君があの建物を所有したのはまだあの場所が前線とそう難易度も変わらないときなのに、だ。FOのβテストでは、戦場の一軒家とまで言われたあの場所をだ」
「そうだったのか?」
「そうだったんだよ」
今ではそうでもないみたいだけどね、とだんだんと口数の減る俺を見て微笑むと、アルヴァはユンに視線をやった。彼女もそれに頷いて、口を開いた。
「先ほど総長も仰られた通り、貴方は一時期姿を消しています。その時期は一体何を?」
「錬成のための素材探しに」
「貴方が錬成鍛冶師を始めたのは、正式サービスが開始して半年以上経ってからとあります。半年もの間、素材集めを?」
知ってるなら、聞くなよ。
俺は舌打ちしたい気分を味わいつつ、苦笑した。
「いや、さすがにそれだけじゃないぞ? たとえば――」
「『愚者の盾』を結成した?」
「……どうしてそうなるんだ」
「レンさん。貴方は、例の『旦那』と言う人物について全く情報がないとお考えですか?」
「え?」
俺が聞き返すと、彼女は諳んじるように列挙していく。
「髪色は黒。まだ若く、華奢ではないが、筋肉質でもない。背はおおよそ百七十過ぎで目つきは鋭い。これらは、『愚者の盾』の活動に救われた方々からの情報です」
「いや、それぐらいいくらでも……」
「そして、一振りの刀。その当時どころか、現在でも刀を作っているのは、貴方だけです。そして貴方は刀を売りに出していない」
「……」
「貴方こそが、『旦那』。間違いないですね?」
もはや、疑ってすらいない。ただの確認作業のようなその言葉に、俺は口を開きかけて、
「レン、もう隠すのはやめよう?」
「……」
隣からの声に、口を噤んだ。
俺が視線をやると、真剣な顔をしたミンがこちらを見ていた。
「……貴方は、知っていたのですか?」
「うん。ボクがレンをこのゲームに誘ったからね。『運命の日』の前から一緒にいたよ」
ユンの質問に真面目な顔をしてミンが答える。そのままミンは、視線を巡らせてユウナの方を向いた。
「ユウナちゃん……ごめんね、今まで黙ってて」
「おい、それを言うのは――」
「レンは黙ってて」
口を挟んだ俺を制して、ミンは先程から黙ったままのユウナを見つめる。俺はそんな珍しいミンの姿に、何も言えなくなってしまっていた。
ミンは静かにユウナを見つめている。それをしっかりと受け止めたのだろう。ユウナはしっかりとした顔でミンを見た。
「これからは、隠さないでいてくれますか……?」
「当たり前だよ。だってボクたち――」
親友でしょ?
その言葉に満足したように、ユウナは一際魅力的な笑顔を見せた。
「わかりました。確かに驚きましたけど……これからもよろしくお願いしますね、レンくん?」
「あ、ああ……」
俺は呆気にとられたようにユウナを見ると同時、頭で意識していたスイッチが解け始めているのを感じた。自分の正体を隠すための、スイッチが。
本当の自分を知られることへの恐れ。
しかし、俺はそれを再び締め直すようなことはしなかった。
そのまま、スイッチを壊してしまう。
俺は呆れたような表情で、成り行きを見守っているアルヴァとユンに視線を向けた。
「それで? 俺の正体を暴いて終わり、ってわけじゃないんだろ?」
今まで他人行儀さをまとっていた口調。それが一変して親しい者たちに話すようなものへと変わる。正体を暴いたことを責められると覚悟していたアルヴァが、予想外の態度にくじかれたようだ。驚いたような顔をこちらに向けている。
しかし、俺が特に何も思ってないことを悟ると、彼は俺のことをまっすぐ見た。俺は目をそらさなかった。
すると、アルヴァの方も人懐っこい笑みを浮かべる。
「気づかれたか。うん、これから少し話があるんだ」
アルヴァはそこで椅子の上で居住まいを正す。
「『愚者の盾』頭領である君と対等な者として、君にお願いを聞いてもらいたい」
アルヴァが真剣に頼んでいる。俺はそれを聞いて、笑顔で言った。
「無理だ」
「……は?」
アルヴァが口を開いたまま固まる。
俺はそれに肩をすくめてから「それだけならもう帰るよ」とその場を後にしようとした。
「レン……その態度まで出す必要はないんだよっ?」
ミンが立ちふさがる。俺は正直それをうっとしいとは思いながらも、その足を止めた。
わかったよ、とミンに言ってから再び振り返ってアルヴァの方を向く。彼はポカンとしてこちらを見ていた。
「……それが君の本性ってわけかい?」
「本性といっても可愛いもんだろ?」
隠す必要のなくなった言葉遣い。そこから感じられる雰囲気は、つい先程まで俺が放っていたものとは違うと思われるだろう。そこから感じる雰囲気は、粗放、粗野といったものらしい。
俺はこんな自分が嫌いだ。
しかし、今までこれで生きてきた。
「それなら敬語でも使おうか? 一応人に合わせるのは得意だぞ」
「……いや、いい。君は君の好きなように振る舞ってくれ」
「器がでかいな。なら、そうさせてもらうよ」
そこまで言うと、俺はズカズカと足を動かし始める。ぴくっと反応するように動いたユンに苦笑して、俺はそのまま壁際に置かれたソファへどっかりと座った。
ふぅ、と息をつく。
「本当に遠慮ないね。いいよ、それじゃさっきの意味を答えてもらいたい」
「さっき?」
「なぜ、君は協力してくれないんだい?」
アルヴァの探るような視線。俺はそれに飽きたように天井を仰ぐ。
「簡単なことだ。俺は、『愚者の盾』の頭領じゃないからな」
「今更隠そうとしなくても……」
アルヴァが尚も証拠を出そうとしているのがわかって、俺は苦笑した。やはりまだ経験が足りないのか、あまり交渉というものがわかっていないようだ。人を思い通りにしようとすると、どうしても歪が生じるというのに。
俺は簡潔に言った。
「嘘じゃない。頭領は譲ったんだ」
「譲った?」
俺は天井の染みを数えようとして、諦める。ゲーム世界にそんなものは存在しなかったからだ。
「俺はあの組織から抜けてる。今はただの一般人なんだよ。頭領の座は適当に継いどけって言ったから、シュリ辺りがやってると思う」
「……そういうことか」
「そ。だから無駄ってわけだ」
俺は目を閉じると、そのまま身体の力を抜く。ソファの座り心地は素晴らしかった。
俺がくつろいでいると、ソファが少し軋む。隣に誰か座ったようだ。薄目で確認すれば、ミンだった。
俺は再び目を閉じる。
「そういう意味だったのか。しかし、それなら僕は解決できそうだ」
「……なに?」
俺は思わず身を起こしてアルヴァを見る。彼は俺に向かって微笑んでから、何やら手を動かし始めた。
そこで、一つ俺の前でウィンドウが開かれる。
「それを見てくれ」
そう言われて俺は目を落とすと、そこにはこんなことが書かれていた。
『愚者の盾代表、そしてその以下の者たちは、真の頭領の意向に従うことをここに記す』
それは、ゲーム内の約束事などに使われる《契約の証》というメニューの画面だ。そこに一度書かれたことは、同一人物にしか改変はできず、複数人によるものの場合は全員の認可を必要とする。
これはおそらく現在『愚者の盾』を取り仕切っている人物とアルヴァとの間に交わされたものだろう。
一番下に記された書き手の名前を見てみると、そこにはアルヴァの名とともに『シュリ』と書かれていた。
「……あのやろう」
「というわけで、実質君が決定権を持つわけだが」
協力してくれるよね?
そんな無言の圧力を感じて、俺は、はあ、と深い溜息を吐いた。
「俺が断ることは考えないのか?」
「ユウナが傍にいるということは、悪人じゃない証拠だからね」
協力しないのは悪人。確かに、攻略を司る『解放軍』に非協力的ならば、そういう認識が生まれるのも仕方のない事だろう。
俺は再び深い溜息を吐くと、口を開いた。
「……言ってみろ」
「ありがとう。君たち『愚者の盾』の方針とも重なることで話があるんだ」
「面倒くさいから、帰っていいか?」
「駄目に決まってるだろ?」
俺の雰囲気に感化されたのか、大分砕けてきたアルヴァ。俺はため息を呼吸のように使いながら話を聞いた。
「《生命樹》八階の攻略を近いうちにする」
応援要請か。所詮求めるのはそれぐらいだろう。
俺がそう思って軽い失望を感じていると、アルヴァは口を開いた。
「どうやら《八階》の攻略にはアイン圏外の『闇潜む平地』のモンスターポップと同期しているらしい。だから、僕達が攻略をしている間はそちらの討伐を頼みたい」
俺は、そんなアルヴァの案に正直驚いていた。それならば確かに『愚者の盾』が掲げる『非戦闘員の保護』という方針そのままだからだ。そこで、湧いてきた疑問を挙げてみる。
「そんなこと言わなくても、アイツらならするだろ。なんでわざわざ俺に言う?」
「これからはいい関係を築きたいしね」
あまりにいい笑顔で、俺はなにやら大きなものを目の前の男から感じた。
同時に、ふっと笑ってしまう。
「アルヴァって言ったな。おまえ、面白いな」
「君もね。どうかな、友達にならない?」
アルヴァは組んでいた手を解いて立ち上がった。それに俺は近づきながら、口唇で笑みを浮かべると、
「戦友のほうがいいな」
そう言って、握手を交わした。
「参考までに、どうして正体を隠していたのか、聞いてもいいかい?」
アルヴァが慎重に、尋ねてくる。それが本心かどうかは定かではないが、自分の都合だけで俺の正体を明かしてしまったことを申し訳なく思っているようだった。
だから、俺は言ってやる。
「いい男は、秘密に包まれてるもんだ」
この時の俺は、きっといい笑顔をしていただろう。




