邂逅
かなり多めです。
『解放軍』本部。
そこは、数多くの攻略組トッププレイヤーが在籍する集団の総本山であり、未だ実力の至らない者たちが憧憬を抱く場所である。城壁のような厳つい佇まいのその建物は、対面する者の足を竦ませてしまうほどだ。
そんな場所の正面で、一人の人物が駄々をこねていた。
「行きたくない」
「そんなこと言わないで、行きましょう?」
「……どうしておまえの瞳はそこまでキラキラ輝いているんだ」
「レンくんが仲間になれば、武器のグレードが上がるからです」
「下心っ!?」
思わずショックを受ける俺。しかしそのとき踏ん張っていた力が抜けて、ユウナに引っ張られて『解放軍』本部へと足を踏み入れてしまっていた。
「……それに、一緒に行動したいですし」
「いつもしてるじゃないか……」
俺のツッコミに彼女は頬を膨らませる。俺は腕を引っぱられながらそれを困惑した表情で見て、
「ユウナ、結婚しよう」
隣に付いて来ているミンにチョップした。
「おい、ミン。勝手に人のセリフのように言うんじゃない」
「だってーっ」
「貴様らいつまでそこで止まってる? 行くぞ」
ユウナ、ミンといつものようにふざけていると、マーロウが冷たく言い放つ。そのすぐ後ろにつくカイムが肩をすくめ、イズミがクールに背を向ける。
俺は、イズミに続くようにして歩き始めた。
「「寝取られ展開……っ」」
「なんか知らんけど、さっさと終わらせるぞ」
後ろで戦慄を感じたように口にする二人を急かし、俺は『解放軍』本部の中へと進んでいくのだった。
荘厳さを漂わせていた門をくぐると、中も同じような城構造になっている。永遠に続くように思われる質素な回廊を、俺らは歩いていた。
「なんか色が無いな」
「灰色だねーっ」
俺とミンがそういって感想を口にする。驚いたことに、ミンもどうやら本部の中にまで入ったことはなかったらしい。攻略組とは言ってもここに入れるのは『解放軍』のメンバーぐらいのようだ。
「おいおい、これでも一応俺たちのユニオンホームだぜ? そんなこと言うなよな」
カイムがそう言いつつも笑っている。しかし、この質素過ぎる本部を行き来する者たちは皆真面目な顔をしているため、その笑顔はどこか浮いた印象を受けた。
扉の前を一つ通るごとにカイムがつながる部屋の説明をしながら歩んでいく。俺自身はイズミの後ろ姿に注目しながらも、何かと足を踏みつけてこようとするミンと、寄り添うように近くに控えるユウナを気にしてしまう。しかしそんな中、
「……」
先程からチラチラと向けられるマーロウの探るような視線を、俺は最も気にしてしまっていた。
それから更にしばらく進むと、やがて一際大きな扉が目の前に現れる。それは最早扉というより門の方が近い趣。それほどまでに巨大で、そしてそこからなにか威圧感とでも言うべきものが漏れ出しているように感じられた。
「着いたぞ」
マーロウが無愛想にそう言う。
どこに、とは聞くまでもないのだろう。ここに、この建物で最も偉い人物がいるのだ。
『解放軍』総長、アルヴァ。
その人物が。
「……」
俺は密かに唾を飲み込む。特にその理由はないのだが、自分の底の浅さを見抜くような人物だった時のことを考えたのだ。噂を耳にする限り、それほどの器を備えていても不思議ではない。
「総長、目的の人物をお連れしました」
「入ってもらってくれ」
しばらく考えたものの、マーロウの呼びかける声、それに返答する凛々しい声に俺は現実へと意識を戻す。考えても仕方ない、とそこで腹をくくった。
いつものように振る舞えばいい。
そう考えて目の前の開かれていく扉を視界に入れた。
次第に明らかになる中の様子に注視しながら、俺は目を閉じて頭の中のスイッチを今一度確認した。そしてそっと目を開くと、正面には執務机が見える形になる。
「どうした? 中に入ってきてくれ」
中から聞こえるその声に俺は足を踏み出す。背後にユウナとミンがついてくれていることに力を得て、相手の姿が見えるところまで来た。
執務机の前まで来ると、マーロウ、カイム、イズミの三人は『解放軍』特有の左腕に右手を添える敬礼をして、直立して控えた。それに重々しく頷く人物。机に座るその人こそが噂に聞く総長と考え、俺はその姿を捉え、
「……なに?」
思わず素に近い声を上げてしまった。それに、机の向こうの人物は笑ってみせた。
「はは、驚いたかい。初めに僕を見ると、みんなそういう反応をする」
俺が驚いたのは、別になにか奇抜なことがあったというわけではない。この世界はVRMMO『フラジール・オンライン』だ。そのため、プレイヤーの年齢層は若い。遊びたい盛りの子供が多いのは事実としてある。
しかしそれでも、それらプレイヤーをまとめるリーダー職は比較的歳の重ねた者が務めるのが当たり前となっている。生きてきた経験、人間の扱い方。それらは長く生きることでしか知りようがないものだからだ。現実でもそれが通例だし、俺もそれに従って今まで生きてきた。
しかし、
「どうも、はじめまして。僕はアルヴァ。この『解放軍』の総長としてやらせてもらってるよ。こちらの要請を聞き届けてくれてありがとう、レンくん」
アルヴァというのは、俺と同い年か少し上ぐらいの、まだ未成熟な若者だった。
豪奢な椅子と机には似合わない凛々しい雰囲気を放つ中性的な顔立ちに、肩まである澄み渡る深い藍色の髪を短くまとめている。そして白銀の鎧に身を包んだ一般の高校生のような華奢とも言うべき身体。
そして驚くのはそれだけではない。続けて視線はアルヴァの斜め後ろに控える女性へと移る。
「私は副長のユンと申します。以後、お見知りおきを」
そう名乗ったその女性は、アルヴァとは対照的に大人の美人だ。
スタイル抜群の肢体をスーツのようにぴっちりとした白銀の軍団服で纏い、理知的な印象を受けさせるメガネを掛けている。髪は長そうだが、それを綺麗にアップにしていた。
そんなあまりにアンバランスな二人が、俺を見ている。俺は結構の衝撃のため一瞬呆然とし、思わずユウナとミンの方を見た。
「ボクも最初見たときは驚いたんだっ」
「それでも兄さんは強いです。私なんて比べるまでもないぐらいですよ?」
そんな二人の裏付けに、俺の疑惑は驚きに変わる。
この世界では顔や体格は現実世界とほぼ同じだ。しかし技などはもとより、膂力もアイテムやスキルなどで少しは補正がかかるので、見た目と強さは一致しない。
しかしそれでも攻略組最大手である『解放軍』を創立し、纏め上げている人物が年の変わらない人物と知ると、驚きを隠し切れない。
そして同時に俺は耳を疑った。強さについてではない。
「兄……さん?」
「はい、私の兄さんです」
「どうも、ユウナの兄で総長です。妹に手を出したらもれなく報復がついてくるよ」
そんな言葉に俺はミンを見た。驚いている様子を見ると、どうやらミンも知らなかったらしい。
「まあ、そんなことはいい。それよりも話の続きをしよう」
「あ、ああ……どうぞ」
ハッとした俺がそう言うと、アルヴァは「下がってくれ」と一声発する。それだけで、後ろで直立していたマーロウ達三人がその部屋を退室した。彼らは個人的には俺が呼ばれた理由を知りたがっていた様子だったが、総長であるアルヴァの命令を最優先したということだろう。
「……よく訓練されてる」
「訓練したわけじゃないんだけどね。勝手にああなったんだ。敬礼だって決めてたわけじゃないのに」
そっちのほうがよっぽど凄い。そう言うと、アルヴァは複雑そうな顔をした。
しかし、すぐにその表情を隠すと、彼は俺の目を真っ直ぐ見た。俺はその視点を彼の眉毛にずらした。
「まあ、とりあえずもう一度。この度は来てくれてありがとう。来なかったらどうしようかと思っていたよ」
「おいおい……出頭命令まで出しておいてそれはないだろ。逆らう余地はなかったよ」
「……え?」
「え?」
決定的な間が空いた。
しかしすぐさまアルヴァのほうが気を取り直す。なにか思いついたような顔をすると、苦笑を漏らしそうな勢いでため息を吐いた。
「ああ……マーロウだね」
「出頭じゃ、なかったのか?」
俺の確認に、アルヴァは頷いた。
「うん。君と知り合いだっていうマーロウに、あくまで要請を、と頼みごとをしたんだけど……」
「アイツが勝手に出頭命令にしたのか……」
なんてこったい。
正直、俺は帰りたくなっていた。
俺がそんな風に少しばかり後悔していると、アルヴァはその視線を俺の隣に移す。そこには、彼の妹だというユウナがいる。
「ユウナ。君は彼とは知人だったのかい?」
「はい。戦友のミンを通じて知り合いました、兄さん」
唐突な質問にも見事に返すユウナ。それにアルヴァはふむ、と頷くと、今度はミンを見る。
「《銀閃》のミンだったね。君は彼とはどういう関係なんだい?」
「リアルで好き合ってる仲……と言いたいところだけど、今は友達かなー。なかなか落とせないんだよっ」
「ははっ。そうなのか」
ミンの答えがおかしかったらしく、軽く笑うアルヴァ。しかし彼はその視線を俺に寄越した途端、真剣な顔つきとなった。
そして、問う。
「レンくん。君は何者だい?」
「いや、何者って……。ただの錬成鍛冶師だよ」
「そうか」
俺の答えを聞いて一つ頷く。アルヴァはそのまましばらく口元に手をやって考え事を始めるも、やがて表情を和らげた。
「いや、済まない。聞いていた君の活躍を聞いていると、鍛冶師らしくなかったものでね、つい」
「どういう話だった?」
「《氷龍》遭遇の件。マーロウが世話になったね」
「あれかー……」
俺は人知れず冷や汗を流す。それに気づいているのかいないのか、アルヴァはそのまま語りはじめた。
「回復系ドロップアイテムの期待ができない『氷原』。そこでの狩りを円滑にするためのポーション生産役として参加。常用の武器は二丁拳銃だが、雪崩イベントを避けるためにこのときには自らが鍛錬した刀を用いる。実力は未知数だが、これまでのレンくんについての調べでは強くはないと出ている」
スラスラと語られる俺についての情報に内心舌を巻く。どこで俺の参加理由なんて情報を集めるというのか。それも、俺みたいな目立たないただの錬成鍛冶師のものを。
俺が驚いているときも、アルヴァの視線は俺から離れない。
「《アイスフェニックス》ではなくもっと深部の敵であるはずの《氷龍》が狩りをしているところに遭遇。そのときに出口を錬成で用意し、その場の人間を逃がす。しかし負傷したマーロウを助けるため、自らを危険に晒し、対峙。そして、無事逃げ延びる……」
そして、と彼は続けた。
「マーロウの報告によれば、君は《氷龍》の頭を刀一本で弾いたらしいじゃないか」
「「えっ!?」」
アルヴァの言葉にユウナとミンが驚いたように視線をよこす。俺はそれに冷や汗を増やすと、視線を留めることに努めた。
「……」
「今の攻略組にも出来る者はいるかもしれないが、それは重装備のメイス持ちぐらいだ。君のように刀で出来る者などいないだろう」
探るような視線に気づかないふりをして、俺は訳がわからないという顔をする。
「なに言ってるんだよ。俺はただ敵の攻撃を受け流そうとしただけで――」
「服だけの紙装備で?」
「……」
「材質は粗末な皮。初期装備に少し色を付けたような性能の防具だと聞いたよ。そんな装備で《氷龍》の攻撃がかすりでもしたら、君はポリゴン片ごと吹っ飛んでいたはずだよ」
そういえば、攻撃が掠った足先は跡形もなく吹き飛んでいたことを思い出す。最早痛みなど感じていなかったほどの大怪我だった。
俺は「そうだったのか……」と今になって恐ろしくなって肩を震わせた。
そんな俺の様子を、アルヴァは静かに見つめている。
「僕は、君のことに興味を持ったのはそれだけじゃないんだ。……君、一時期世間から姿を消していたね? それもあのデスゲーム告知された『運命の日』の直後から」
「恥ずかしながら、急に恐ろしくなってさ……」
「そうかい。それなら仕方ないね。僕だってかなり長い期間呆然としていたしね」
あはは、と二人して笑い合う。その空虚さといったら、目も当てられない。
それからしばらくはお互いの情報交換と、勧誘と《氷龍》の件の感謝が続いた。
最初はガチガチに緊張した様子だったミンも自然体となり、無口そうなユンも混ぜて雑談を交わす。立ったままは少し辛かったが、楽しげな時間を過ごした。
そして、アルヴァが不意に思いついたように口を開く。
「そういえば、シュリくんは元気なのかい?」
俺はその質問に流れで口を開きかけてから、閉じた。質問の意味がわからなかったのだ。
「シュリって誰だ?」
「……えー」
「呆れた顔するなよ、ミン」
「レンはもっといろんなことに興味を持つべきだよっ」
そんなやり取りにユウナが仕方ないですと言った様子でくすくすと笑う。俺はそれに恥ずかしさを覚えながら、口元で笑った。
しかし、アルヴァとユンは笑わなかった。
「……」
「ん? どうかしたか?」
俺はそう二人に声をかける。
すると、二人は同時にため息を吐いた。
「尻尾、出さないな……」
「向こうのほうが一枚上手、ということでしょう」
「……?」
何やら肩を落としたような二人を、俺たち三人は首を傾げて見る。それに気づいたアルヴァは、顔を上げた。
直後、俺は振り返って拳銃一丁を背後に突きつけた。俺の謎の行動に両隣のミンとユウナが目を見開く。しかしそんな二人も俺の見ているものに意識を向ければ、固まってしまう。
そこには、レイピアを引き絞った状態のユンがいた。
俺の拳銃とユンのレイピア。互いにあと一手で相手に届く。ミンとユウナがそれをポカンと見ていた。
「いつのまに……」
「《尺跳び》というAMです」
そう言って、ユンはレイピアをストレージにしまった。俺がそれに緊張を解くと、アルヴァの隣を確認する。当然、そこには誰もいない。同時にアルヴァから声が掛かる。
「よく気づいたね?」
しまった、と思った。
俺のそんな顔に気づいたのだろう。アルヴァは凛々しい顔つきを鋭くして、俺の存在を捉えた。
そして、俺を強く、見る。
「レンくん、君のことはもうわかっている。本当は君の方から白状してもらおうと思っていたんだけど……」
そう言って、申し訳なさそうにする。
俺は、口を開く。
「もうそろそろ夕方になるから、店に戻らないと……」
「店に不利益が出るなら、僕が払おう。だから、待ってくれ――」
俺が動くことをよしとしない強い声で、アルヴァは俺を見据える。その隣では似たような目で副長ユンもこちらを見ている。
そして、アルヴァは続けた。
「――これから本題を話すよ。護民団体『愚者の盾』頭領である、君にね」




