百万リルっ
この世界がいかに現実世界を再現するようなリアルさを持っていたとしても、実態はVRMMO。そこに生きる者がすべてプレイヤーなわけもなく、当然NPCと呼ばれる存在がいる。
これらの存在は他律型人工知能が宿っており、会話相手であるプレイヤーの状況によって数多ある会話表現からランダムに選出し、話す。しかしそのパターンの多様さに、ほとんど違和感は感じられない。
大昔のゲームでは、「〇〇村は、ここから東にあるぜ」等、一つのことしか言えなかったという話だが、そんなことはもうありえない時代なのだ。
そんなNPCと言う存在は、この世界に馴染んだものであるのだが……。
俺は今、その多様さにげんなりとしていた。
目の前にいるのは、道具屋の母娘のNPCである。温厚な人柄ながら夫亡き今も店を支え続けるやり手の母親と、十歳にも満たない遊びたい盛りにも関わらず母親の手伝いを進んでする親孝行の娘。
そういうことになっている二人のNPCがいる道具屋で、それは起こっていたのだった。
「はいっおにいちゃん! このポーションは一本で百万リルだよっ!」
「あらあら……ごめんなさいね。少し高くしすぎちゃいました。一昨日来やがってください」
「……」
俺は、満面の笑顔の二人にいじめられていた。俺の隣ではミンが顔を引きつらせつつ苦笑している。
「……泣いていい?」
「えっ。おにいちゃん、泣いちゃうの? みじめにみっともなく、あたまのわるいこみたいに泣くのっ?」
「それはいけませんよ? 泣いてその水分を無駄にするぐらいなら、裏庭の畑の肥料になってくださいな」
「……やべ、俺、もう、だめかも」
「は、はは……レン、がんばれ~」
どうしてこうなったのだろうか。俺は今日の出来事を思い返すことにしたのだった……。
起床。今日は珍しいぐらいの快晴で、おそらく数ある気候パターンのうち最高のものだろう。雲ひとつ無い蒼穹に向かって、俺は思い切り伸びをした。
店を開き、早速来ていた依頼をこなす。特に難しい注文もなく、渾身の作品を作り上げると、一息。そのまま午前中は店番をするも、客はゼロ。ため息をついて、昼寝をするためにいつもの丘へ向かおうとした時だ。
「あ、そういえば、ポーションがなかったんだった」
たまに素材集めに狩りに出る際、必須のポーション。それがついこの間切れていたことを思い出したのだ。
ポーションがなくてもなんとかなるかもしれないが、あったほうがいいのは当たり前だ。そうでなくても、ポーションも持たずに狩りに行こうものなら、ミンとユウナの二人からお叱りを受けてしまう。
「ちゃちゃっと行ってくるか……」
俺はそうつぶやくと、中央都市アインへの長い道のりを歩き始めた。
アインにたどり着くと、いつもと同じ活気に身が包まれる。そんな感覚を少し新鮮に感じると、俺は迷いもなく歩き出す。
既に何度も利用している道具屋。金に困っているわけでも、掘り出し物に期待しているわけでもないため、俺が行き先に決めているのはNPCが開く場所だ。
大通りに面したわかりやすい位置にあるそこを目指し、ビーカーに入った薬品の絵が描かれた看板の元で足を止める。
そのまま店の扉を開こうとした時だった。
「あれっ? レンだ!」
そんな屈託のない声を上げて近づいてくる気配。確信を持って振り返ると、そこには予想通りミンが立っていた。
「や!」
「や」
手を上げて元気のいいミンに合わせるように挨拶を返すと、目の前のミンが嬉しそうに笑う。それを見て飴を差し出しそうになる右手を左手で押さえて、俺は口を開いた。
「偶然だな。おまえも道具屋か?」
「うん。解毒薬が欲しいんだっ。最近の『密林』は、なんか毒持ちの敵が多いんだよね~」
「そっか」
何気ない世間話を広げながら、二人して中に入る。カラン、と軽やかな音を立てて、扉ベルが音を奏でた。
「いらっっしゃい」
店員母娘の母NPCがそう言って、微笑む。俺とミンはそれに反射的に会釈して、そのまま陳列棚の方へと足を進めた。
「レンは何買うの?」
「ポーション各種。今日は狩りに出ようと思ってな。材料もなくなっていることにさっき気づいた」
「狩り? この間の《氷龍》の時のドロップがあるでしょ?」
《氷龍》という言葉を聞いて、俺の顔が少し引きつる。しかし、それに口を止めることもなく、俺は肩をすくめた。
「《氷龍》は倒してないしな。レアドロップもそんなになかったし……報酬はもう使っちまった」
「はやっ!? 何に使ったの?」
「チャクラム。最近鍛冶屋の間で話題になってる新製品でさ、俺も作ってみようかなって。その研究だ」
「その熱心さを戦闘で使えれば……」
「無理無理」
そんな雑談をしながらも各々の買い物を進めていく。俺もポーションを各種十個ずつほどと材料をたんまりと持って、会計の方へと向かおうとした。
背後から、気配。
「レンっっ!」
「甘いわッ!」
俺は身を翻して背後から抱きつこうとしてきたミンを避ける。さすがにこの距離で避けられると思っていなかったのか、ミンは床で顔面を引きずるようにしてこけた。
しばらく床に顔を貼り付けてぴくぴくとしていたが、やがてそのまますっくと立ち上がる。
「さ、買い物買い物っ」
「おいこら。一言の説明もなしか」
何事もなかったように流すミンに、俺が思わずツッコミ。それにミンが吹き出すと、俺も自然と笑顔になった。
「さて、買うか」
「そうだねっ」
そのまま俺たちはカウンターに居るにこやかな母店員の前に立つ。いつのまに移動してきたのか、母の前にはカウンターに隠れるかどうかぐらいの身長の娘店員も待機していた。そして俺はいつものように買い物をしようと声をかける。
しかしその母娘NPCの顔は俺を非難するような目で見ていて……。
それが、全てだ。これが俺のしたことの全容なのだ。




