よかった…
飛び出した俺に、正面から何かが迫る。それを避けようと注意を向けた途端、その物体は俺に向かって加速した。
「な――」
そして俺はその物体を身に受け、あえなく倒れこむ。そのまま勢いを殺しきれずに頭を打ちそうになったところで、なんとか受け身。ぶつかってきて胸の上に乗ったままのそれが何なのかを見極めた。
「レン……よかったよぉ……っ!」
「……あのなあ。《兎歩》で体当たりなんかするなよ。HP減っちまっただろうが」
俺の胸の中で涙を見せるミン。その頭をなんとなく撫でてやって、俺は身を起こした。
周りには、先程まで『氷原』にいたメンバーが集まっている。
「無事か?」
「ああ、なんとか逃げてきた」
エンケの確認に頷くと、安心したように顔が緩む。「似合わないぞ」とからかった後、俺はその背後へと目を向ける。
「無事みたいだな」
「貴様の助けなど必要なかった」
マーロウの言葉に苦笑。思わず口にした安堵の言葉に、そいつはフンと他所を向いていた。それに再び苦笑してしまう。
「それにしても本当に良かったです」
「ご無事で何よりですッ!」
「BLパワーですねっ」
『鉄鷲』も『解放軍』も関係なく、俺を見て安堵したような様子を見せる。俺はそれにくすぐったい思いを感じながらも、とりあえずケイにはチョップをかましておく。
「痛いです……」
「もうその脳も腐ってるだろ」
ひどい……、という泣き真似をスルーして、俺はケイを見上げていた視線を前に向ける。すると、一つの視線と目があった。
ユウナだ。
彼女は何故か俺の方を真剣な顔で見ていた。
「ユウナ? どうかしたか?」
特に何も考えずそう言うと、彼女は唇を噛むようにして俺を睨み、そして俺に向かって駆け出した。
「……ってその速度、もしかして《兎歩》じゃ――」
俺が予想を言うよりも早く、強く、ユウナはぶつかってきた。当然、身を起こしただけの俺は地面に背中を叩きつけられる。そのときにはまるでわかっていたかのようにミンは俺から離れていた。
肺からもすべての空気が抜け、苦悶の声が漏れる。それに構わず、ぎゅうっとしがみついてくるユウナ。
「ユウナ、苦し――」
俺が文句を言おうと視線を下ろした時、
「……ばかです」
彼女の目元は、光を湛えていた。
「……ユウナ」
「攻略組どころか戦闘人員でもないのに、最後まで残るなんて。すぐに出てくると思ったから、私は『転移陣』に入って。でも出てこなくて……それで、それで……」
意味がうまく繋がっていない言葉。しかし、その濡れた声は溢れるような心配の色を浮かべていて。
「……悪い」
「……本当に、ばかです。レンくんのばか、朴念仁、唐変木」
「……ちょっと言いすぎじゃね?」
涙を見せる彼女に強く言えず、俺はその手をユウナの背中に当てて、落ち着かせるようにゆっくりと撫でる。彼女の身体がビクっと揺れる。
その様子を見て、ああ、と思った。
コイツは本当に俺を心配してくれていたのだと。
俺は自然と優しい気持ちにさせられた。
そして、初めて心から、その言葉を紡ぎだした。
「心配してくれて、ありがとう」
「……次からは、私も一緒しますから」
そんな強い意志を秘めた宣言に、ただ頷くことしかできない。俺は再びその口を開こうとした。
と、そこで、目にするもの。
「……」
にやにや。ニヤニヤ。
実に十人近い人物からの生温い視線と笑顔。その目までもが「にやにや」と言っているようだ。
俺は、今、ようやく、現実に帰ってきたようだった。
「ユウナ、早く俺の上からどいてくれ」
「は、はい……」
ユウナもどうやら戻ってきたらしい。恥ずかしそうに頬を染めながら、立ち上がる。俺もそれに合わせて立ち、なんとなくズボンをはたいた。
「もういいか?」
「……ああ、すまない」
エンケの一言に申し訳なさから謝ると、「いえいえ~」と皆が言う。やはり、生温い視線のままで。
「……とりあえずこれから報酬分けをする。ドロップは取った者の所有とするが、金は分配だ」
話を締めにかかったマーロウがそう提案する。苛立ったように険のある声だったが、話を逸らしてくれることに、俺は感謝した。
マーロウがウィンドウを開くと、エンケも一つ頷いて俺達の方を向いて口を開いた。
「うむ。レンの分の報酬はドロップも合わせて後日届けよう。疲れているだろう? 今日のところは早く帰って寝た方がいい」
親切心からの提案。ありがたすぎるそれに、俺は乗っからせてもらうことにして、一足早く抜けさせてもらうことにした。正直、ドロップについての報酬は忘れていた。
「今日はお疲れ様でしたッ! ありがとうございましたッ!」
そんなラルフの元気のいい挨拶に触発されたように、『鉄鷲』のメンバーから別れの挨拶を受け取る。『解放軍』の方からも感謝の言葉が送られる。
ただ一人、マーロウだけは顔を他所に向けて、不機嫌そうな顔をしていたが。
俺はその様子に苦笑し、そして他のメンバーに笑顔で返しながら、俺は最後にエンケに釘を刺す。
「猫ババすんなよ?」
「……信用してくれ」
してるさ。その言葉を口にすること無く、そのまま踵を返す。
「レンっ。あとでお見舞いに行くからねっ」
「私も一緒に行っていいですか?」
「いいけど……騒がしくして俺を起こすなよ?」
ミンとユウナにも手を振り返した後、俺はどっと疲れた身体を引きずって、自分の寝床への道を辿り始めた。
今日のこの日がある種の転換日となったことを、この時の俺はまだ知らなかった。




