お役立ち鍛冶師レン
そして翌日。
俺は店の戸締りをしてから、フィールドへと出た。このままアインの正門へと向かえば、約束通り昼前には到着するだろう。
「あれ、レン? なんか気合入ってる?」
隣を歩くミンがそう言いつつ、俺の顔を覗きこんでくる。そんな無邪気な様子のそいつは、朝早くから俺の店へやって来て、朝飯を平らげている。
俺はジト目で見たい気持ちを我慢して、欠伸を噛み殺しつつ口を開いた。
「ああ、今日行く場所は『氷原』だって言う話だからな。レアアイテムが手に入るかも」
「そうなんだ? もし手に入ったらボクになにか作ってよっ」
「報酬は二倍な」
「けちーっ」
そんな下らないことを話しつつやってきたアイン正門。フィールドのアクティブモンスターもさすがに近寄ることもなく、俺たちはのんきにぽけーっとした表情で歩いていった。
そこには既にエンケの姿がある。
「レンか……早いな」
「おまえこそ。頭は最後に来るもんじゃないの?」
「時代錯誤甚だしいぞ。リーダーが規範とならないでどうする」
真面目だなぁ。
そう思いつつも口にすること無く。俺はエンケの傍に控えていたメンバーたちを見る。そこには三、四人の戦闘職がいて、大きな盾を持ったタンクからミンのような軽装の者もいた。習得が難しい回復魔法を使う女性プレイヤーもいる。
戦闘スタイルを見る限り、大剣遣いのエンケも合わせてなかなかいい組み合わせと言えた。
「これで揃ったのか?」
「いや、『鉄鷲』の主力五人を召集しているんだが……あぁ、今来たな」
アインの中から、一人の若い双剣遣いが慌てたようにやってくる。そんな様子から寝坊でもしてきたかと思えたが、次の台詞で「ああ、攻略組だな」と思うのだった。
「すいませんッ! 早朝の素振りをしていたら、遅れました!」
「いや、まだ時間まで数分あるから遅れていない。気にするな」
「ありがとうございますッ!」
この世界では自然に見える蒼い髪を爽やかに梳いて、細身の肉体からは双剣遣いとしてのそれなりの自信が見え隠れする、元気な声で謝る爽やかな青年風の双剣遣い。
腰に下げた一見細身の二刀は、無駄のない質素な意匠がその格を示していた。
俺はつい、口を出してしまう。
「その双剣、貸してみなよ」
「え、これ……すか?」
突然言われた武器要求に、爽やか双剣遣いは戸惑いを見せた。しばし迷ったような顔をしてエンケの方を見て、彼が頷いているのを確認すると、腰から鞘ごと外して俺に渡してくれる。
「さんきゅ」
とりあえずの礼儀としてそうだけ言って、その剣を受け取る。それと同時に、俺はアイテム欄から砥石を取り出し、《研磨》スキルを発動させる。
スキル発動時のエフェクトがその手を包んだのを確認すると、俺は受け取った剣を鞘から抜き出し、砥石に当てた。そのままスキルを行使して地面においた砥石に対して剣のほうを動かしていく。
一本が終わり、二本目も終わると、俺はその出来上がりを確認してから鞘に収めて双剣遣いに返した。
「ほら、砥いといてやったぞ」
「あ、ありがとうございますッ! レンさんですよねッ? 俺、ラルフっていいます!」
体育会系ノリの感謝にわざとらしく「うむ」と頷くと、そこに居合わせた人々は吹き出すように笑う。いや、ただ一人エンケは微妙な表情をしていたが。
それよりも、自分の名前が意外と売れていたことに、俺は驚いていた。
「それじゃ、行――」
なんとなくで行った刃研ぎも終わったので狩りの開始を促した俺だったが、その言葉も途中で止まる。
その場にいた全員が、俺のことを期待に満ちた目で見ていたのだ。
そこで、俺は一つ閃いた。
「よし、今なら三百リルで武器をグレードアップしてやるよ」
「えーお金取るのーっ?」
一人ミンだけがブーブー言っていたが、俺は気にしない。その後ろでエンケの仲間たちが、自分の武器を手にして待っていたからだ。
ちなみにこの世界の貨幣単位「リル」は現実世界での円と感覚的には変わらないので、三百リルと言えば、物価の差はあれどお小遣いのようなものだ。
「たった三百リルであの『レン印』の手を入れてもらえるとは」
「……ちょっと待て。なにその『レン印』って」
エンケの仲間である大盾持ちが何やら変なことを言っていたのでツッコむ。しかし、その問いに答えたのはエンケだった。
「おまえの銘が入った刀剣は、その鋭さから重装甲の敵に有効でな。攻略組から『レン印』という一つの武器カテゴリとして扱われるほど人気だ。……知らなかったか?」
「……知らなかった」
「レン。都市に出てきたらどうだ? きっと儲かるぞ」
「それで剣もまともに知らない奴が来ても困るしな……それは遠慮しとく」
残念だと言いつつも食い下がっては来ないエンケに好感を抱きつつ、
「それじゃ、どの武器を見ればいいんだ?」
そう言って、どんな武器にも付加可能な『つなぎ石』を手にしたのだった。
グレードアップするだけならどんな武器でも一応出来る。
だからといって盾を持ってこられたときはどうしようかとも思ったが、追加料金として払ってもらう形で『神亀の甲羅』と《錬成》することで解決した。
『神亀の甲羅』はかなり上位の耐久力を持つ素材で、《生命樹》六階深層の敵、《エンシェントタートル》のドロップだ。やはりそれなりにレアで、俺はそれなりの金額を大盾持ちから報酬としてもらったのだった。へへ。
「レン、いいことがあったのはわかるけど……その顔は怖いよ。みんな引いちゃう」
「まじか、悪い」
ミンに指摘され、慌てて表情を直す。直後、正面から吹き抜ける冷気に身体を震わせた。
「もうそろそろ『氷原』だな」
「あれ、行ったことあるのっ?」
「ないよ。ただの勘」
ミンとそんなおしゃべりをしながら、俺は前を向く。そこはまだ暗いものの、肌に感じる冷たさが、目的地に近づいていることを示していた。
俺たちは今、洞窟を歩いている。松明もない真っ暗な道だが、まっすぐ歩けば敵に遭遇することもなく『氷原』に着くらしい。
「敵に会わずにフィールドに行けるってのはいいよな」
俺がそう口にすると、前を歩いていた爽やか双剣遣いラルフが「そうでもありませんよ」と苦笑して返してきた。
「向こうに着いたら馬鹿みたいに敵が現れるので。すぐに武器の耐久力もなくなるから困るっすよ」
「ああ、そういうこと……」
武器の消耗は個人が持つ砥石で、ある程度まで回復できる。しかしそれにも限度はあるということで、俺が今回役に立つということだろう。
俺の《研磨》スキルはそこそこ上位の練度であり、それに必要な砥石もそこらから拾った石を集めて上位変換すれば代替できるのだ。
そうと決まればと、俺は洞窟内のやや大きめの石を拾ってはアイテムボックスに入れる。それを繰り返してある程度集まったら、作業を一度中止して、俺はミンにあるものを渡した。
「なにこれ?」
「俺の魔法石。少し持っとけ」
「うん、それはいいけど……それに苦労して魔法入れたの、ボクだからね! 感謝してよっ?」
「してるしてる」
「ホントかなぁ?」
若干ミンが訝しげな目をし始めた頃、俺は視線を前に戻す。それと同時に、やや緊張感を取り戻したエンケの声が聞こえて来た。
「『氷原』に着いたぞ!」




