これは、一つの決意
夕飯の買い物を済ませてからユウナの家へと到着すると、そこにはすでにミンの姿があった。
「……遅いじゃ~ん、だよ~」
玄関前で、溶けていた。
なまじミン自身の見た目がいい分、なんだかその光景が残念で。俺は踏みつけたくのを思いとどまった。高級住宅地で人通りは少ないが、明らかに目立っているそいつの襟首を掴んで立たせる。
「……ユウナ」
「はい。ミンちゃん、今開けますね」
ユウナは玄関へと触れてウィンドウ操作。解錠すると、俺たちを招き入れてくれた。
入るとすぐにユウナは調理に取り掛かる。それが出来ない俺とミンは大人しく居間の方で待つ。最初はその広さに緊張していた場所だったが、今ではもう慣れていた。
俺は迷わず目を閉じる。仮想世界であるここでは肉体的な疲労はないはずだが、なんだか体が重く感じられる。やはり精神的なものだろうかと頭の片隅で思う。
とそこで、ポーンと軽やかな音が響く。ショートメールだ。
『依頼したい武器がある。直に説明したいから、店を開けてくれないか』
そんなお得意様のメールを見て、俺は眉をひそめた。
連絡を寄越したのは、つい最近に武器を俺の店から買った男だった。たしかエンケのところのメンバーじゃなかったか。
そんな奴の、依頼。面倒くさそうだが断るにもいかないような様子に。
「『疲れた。また今度』っと」
躊躇いなく拒否した。
開く時間が不定期だということも俺の店の特徴……ということにしている。
俺はウィンドウを閉じると、再びその瞼を下ろそうとする。しかしそこで「どしたの?」とミンが話しかけてきた。
「依頼のメールが来た」
俺は端的に出来事だけ伝えると、ミンは一瞬きょとんとして、苦笑した。
「違う違う。なんか疲れてるみたいだけど、どしたの?」
そっちかー、と俺はげんなりしつつ、ミンの顔を窺う。その笑顔に強制力がないのを見てホッとするも、黙っておく内容でもないので簡単に伝えた。
ユウナの後ろをつけるように、コソコソとストーキングする者たちの存在を。
本当に必要最小限しか言っていなかったが、ミンは「あー……」と納得したような声を漏らした。
俺がそれに怪訝な顔を向けていると、ミンは「あはは……」と力なく笑いながら口を開く。
「女神信仰の人だよ、きっと」
「……信仰?」
また大層な……と思った俺だったが、そうでもないらしい。
デスゲーム内に閉じ込められて不安定になった精神を落ち着けるために、信仰対象を立てているというものらしかった。
そして、その女神というのが、
「美少女は大変なんだよーっ」
「本当に、そうだな」
呆れた心情のまま、台所に立つ少女を見やる。そこにいるのはただ料理を楽しんでいる女子高校生。鼻歌でも歌い出しそうな笑顔で芋を剥いている彼女をじっと見て、目をそらした。
たかだか十七で、救いを求める人々の重圧に耐えきれるはずがない。
俺は、ふと一年前のユウナを思い出していた。
その重圧に潰されかけていた、彼女を。
「……ユウナちゃん、明るくなったよね」
同じ事を考えていたのか、そんなことを言うミンに同意しつつ、再び台所を見る。純粋に心からの笑み。楽しそうに料理する姿。
……あんな笑顔を、デスゲームが封じていたんだな。
俺はそう感じていると、ふと、ミンが悪戯っぽい目を向けてくる。
「んっ? 攻略組に入る気になったっ?」
「……だから殺す気かっての」
「あたっ!」
軽く目の前の頭をはたくと、俺はソファに身を任せて、目を閉じた。
どんな武器を作ろうか。どんなことができようか。
そう考える俺の心には、不思議とやる気が沸き起こっていた。
ユウナ渾身の酢豚を俺とミンが大半を平らげてしまうと、さすがにユウナは呆れたような視線を向けてきた。しかし、疲れた身体に程よい酸味が心地よく、俺の疲労はそのまま満足感に取って代わっていた。
そのままソファに沈み込んで寝てしまいそうになるところを何とか堪えて、俺は身を起こす。そこに丁度、食器の片付けを終えたユウナがやってきた。
彼女は俺の横を見て、笑う。
「ぐっすりですね」
「ああ。コイツ、一度寝たら安眠だからな。名前からしてそうだし」
「え、それではミンちゃんの名前は……」
「眠るっていう漢字でミンって読むんだよ」
VRMMO内でリアルの話はご法度らしいのだが、俺はさらっと口にした。ユウナなら他にバラすこともないだろうし、きっとしばらくすればミンの方から話していただろう。
俺がVRMMO初心者だということで見逃して欲しいところだ。
リアルの情報を教えたせいか、ユウナが「そうですか」と心なしか嬉しそうに口にする。そして彼女もまた口を開いた。
「私の本当の名前もユウナって言うんです。『悠奈』って書くんですよ」
「へぇ。いい名前だな」
「はいっ」
名前をほめられても嬉しそうな表情をするユウナ。俺はそれを和やかな気持ちで眺めていた。
「レンくんは……どうなんです?」
彼女がそう聞いてきた時、俺は少し迷った。
己の中に存在する不安や恐れ。そういったものを意識して、俺は口を開く。
「秘密だな」
「えー。それズルイですっ」
頬を膨らませる少女は、どうやら本当に俺の名前を知りたがっているらしくて。それがマナー違反だとわかっていても聞けるような間柄と思ってくれているわけで。
俺は心の奥から浮かんできた、ある提案を口にした。
「……この世界から出た時に、教えるさ」
「本当ですか……?」
正直な気持ち。
俺は生身で腹割って付き合える奴を作らない。しかし、それは決して人が嫌いなわけではないのだ。自らを束縛するこの呪いを解くことが出来たなら、俺は人が好きになるだろう。そのために、
俺の口を塞いでしまっているこの暗い気持ちと向き合えるようになったら。
醜く感じて仕方ない自分のことを好きになれたら。
そのときは、ユウナに名前を教えよう。
「ああ、向こうでもダチのままでいようぜ」
「あ、それはいいですね。そうしましょうっ」
そのときには、俺にも心を許せる人が出来ていることを願って。
俺は目の前の笑顔に、自らの希望を重ねたのだった。




