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ドラグノアの魔女 〜竜約の少女と果ての空〜  作者: inami。
第一章 アリステラの魔女達

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第5話 ようこそ、アリステラ・アカデミーへ

 大講堂は、新入生たちのざわめきで満ちていた。

 

 アリステラ・アカデミーの中枢にあたるその空間は、見上げるほど高い天井を持ち、窓から差し込む朝の光が、真新しい制服の少女たちを照らしていた。

 ルーシェは、その光景に圧倒されながら、スカーレットの隣の席に座っていた。

 

「すごいね、スーちゃん……なんか、本物の魔女の学校って感じ」

「当たり前だろ。本物の魔女の学校なんだから」

 

 スカーレットは涼しい顔で応じたが、その視線もまた、講堂の壮麗さをしっかりと味わっているようだった。周囲には、緊張で固くなっている者、既に顔見知り同士で囁き合う者、様々な新入生がいる。

 

 やがて、壇上に一人の人物が進み出た。

 長い髭をたくわえた、年配の男性。だがその背筋は真っ直ぐに伸び、纏う空気には只者ではない重みがある。ざわめきが、自然と静まっていった。

 

「遥か昔、突如として空から落ちて来た傷付いた竜達。言葉も理由も分からぬまま、地上の人々が彼らを救った事が全ての始まり」

 

 朗々とした声が、講堂の隅々まで響き渡る。

 

「それから時は流れ、人々は竜と心を通わす魔法『竜約術(りゅうやくじゅつ)』を確立し、竜との共生は大きく前へ進んだ。人類に歩み寄った彼らは人型への変化を成し、ついには言葉を交わすまでに至る」

 

 ルーシェは、思わず身を乗り出して聞き入っていた。竜が落ちてきた話。共生が始まった話。田舎で育った彼女が、断片的にしか知らなかった世界の成り立ちが、今、語られている。

 学長の声が、ふいに重く沈んだ。

 

「しかし、15年前に事件が起こった。人類は、空からの攻撃を受けたのだ」

 

 講堂の空気が、わずかに張り詰める。

 

「人のようでありながら、どの個体も2メートルを超え、全身に竜の鱗を纏った奴らは『竜人』を名乗り、人も竜も無差別に命を奪っていった」

 

 ルーシェの指が、無意識に膝の上で握られた。輸送竜の上で見た、翼を持つ存在たち。剥き出しの鱗、人間離れした目。15年前の事件と、自らが体験した光景が頭の中で重なる。隣のスカーレットの横顔も、わずかに硬くなっていた。

 

「空を飛ぶ奴らに対抗出来たのは、竜約術によって竜と契約を結び、その背に乗って空を駆ける魔女、魔法使い達だった。彼女達の尽力で、我々は見事、竜人の軍勢を追い返す事ができた」

 

 学長の声に、誇りと、そして哀悼のような響きが混じる。勝利の裏にあったであろう犠牲を、その場の誰もが感じ取った。

 

「だが、空の脅威が消えた訳ではない。人類は竜達と協力して、四大陸それぞれに、竜約術を学び地上を守る為の戦士を育てる学校を設立した。ここも、その一つだ」

 

 学長は一度言葉を切り、講堂全体をゆっくりと見渡した。その視線が、新入生一人ひとりに語りかけるようだった。

 

「奴らは何者なのか。何故、我々を攻撃するのか。答えは全て——この地上の遥か上、果ての空にある」

 

 天井を、あるいはその先の空を指し示すように、学長が片手を掲げる。

 

「私はそれを解明する者が現れる事を、密かに期待しているよ」

 

 その一言が、ルーシェの胸の奥に深く刺さった。果ての空。母がいるかもしれない場所。すべての答えがある場所。鼓動が、わずかに速くなる。

 学長は、表情を和らげ、両腕を広げた。

 

「改めて、入学おめでとう、輝ける魔女の卵達よ。ようこそ、アリステラ・アカデミーへ」

 

 割れんばかりの拍手が、講堂を満たした。ルーシェも夢中で手を叩く。隣でスカーレットが、つられたように小さく笑っていた。

 拍手が収まるのを待って、壇上の脇に控えていた教師が進み出る。

 

「ライゼン学長、ありがとうございました。続いては、生徒代表ヴァレンタリアより、アカデミーでの過ごし方について話してもらいます」

 

 壇上に歩み出たのは、空でルーシェを救ってくれた、あの魔女だった。


「3年のヴァレンタリアだ。私の方からは、卒業までの3年間で、君達が何を目標とすべきかを話させてもらう」

 

 落ち着いた、涼やかな声。あの戦いの最中と変わらない、凛とした佇まい。ルーシェは思わず嬉しくなった。


「あー! ヴァレンタリアさーん!」

 

 ルーシェは思わず立ち上がり、大きく手を振っていた。

 講堂中の視線が、一斉にルーシェへ集まる。スカーレットが慌てて袖を引く。新入生たちがざわめく。だが、ルーシェの目には、壇上のヴァレンタリアしか映っていなかった。

 ヴァレンタリアは、一瞬驚いた後——ルーシェに気づき、ほんの小さく、けれど確かに微笑んだ。昨日の少女が無事に入学したことを、喜ぶように。

 

「コホン……」

 

 ヴァレンタリアは小さく咳払いをして、表情を引き締めた。ルーシェは満足げに席へ座り直す。スカーレットが額を押さえて溜息をついた。

 

「まず、我々魔女、魔法使いには、いくつかの階級がある」

 

 ヴァレンタリアが、改めて口を開く。

 

「君達——星無しの魔女見習いから、世界に数人しか居ない五つ星まで、六段階。戦闘能力や功績に応じて、アカデミーより星が与えられる。 平均的に、卒業までに二つ星を獲得する者が多く、卒業後の活動で星を増やしていくのが基本だ」

 

 ヴァレンタリアの視線が、新入生たちを見渡す。

 

「そして、記念すべき最初の星、魔女の証を獲得する条件は——『竜と契約する事』だ」

 

 講堂が、わずかにどよめいた。竜との契約。多くの新入生にとって、それは入学前から夢見てきた瞬間だろう。

 

「彼女達はアカデミー管理の『箱庭(ガーデン)』で暮らしており、自身が契約するに相応しい魔女見習いが訪れるのを待っている」

 

 ルーシェの鼓動が、また一段と速くなった。箱庭。相棒となる竜が待つ場所。

 

「基礎魔法と竜約術を学び、相棒となる竜を見つけ、認められる事を、ひとまずの目標としてほしい。 以上。私も、君達と空を飛べる日を楽しみにしているよ」


 再びの拍手。ルーシェは、もう居ても立ってもいられない気持ちだった。

 早く、自分の相棒に会いたい。早く、あの人のように空を駆けたい。

 膝の上で握りしめた拳が、期待で熱を帯びていた。

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