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ドラグノアの魔女 〜竜約の少女と果ての空〜  作者: inami。
第一章 アリステラの魔女達

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第6話 運命は今、彼女を見ているぞ

 アリステラ・アカデミーの一日は、竜の鳴き声と共に始まる。

 入学から数日。ルーシェの学園生活は、慌ただしくも充実した日々として回り始めていた。田舎の静かな暮らししか知らなかったルーシェにとって、すべてが目新しく、騒がしく、そして楽しかった。


 その日の竜学の授業も、ルーシェの興味は半分、窓の外――箱庭のある方角へと向いていた。

 

「竜と一括りにしても、その生態は様々です。それは勿論、箱庭で暮らす彼女達も同じ」

 

 教壇に立つ女性教師が、落ち着いた声で講義を進めていく。

 

「火を吹く個体から、雷を纏う個体。草食の個体から、鉱石を好む個体もいます。竜を識り、竜を学ぶ事で、未契約で言葉を交わす事ができずとも、信頼関係を築く事ができるでしょう」

 

 ルーシェの手が、勢いよく挙がった。

 

「先生!私は早く箱庭に行きたいです!」

 

 教室に小さな笑いが漏れる。教師は穏やかに微笑んだ。

 

「はいルーシェさん。元気でよいですね。ですが、新入生はまず竜について学ぶ事が義務付けられています」

 

 教師は黒板に向き直り、言葉を続けた。

 

「少し前までは、竜の機嫌を損ねてトラブルになる事例も多かった為、新入生はしばらくの間、箱庭への立ち入りは禁止されるようになりました。焦る気持ちは分かりますが、まずはゆっくり、竜の事を学んでいきましょうね」

 

 ルーシェは静かに席に座り、隣のスカーレットに身を寄せて、小声で抗議した。

 

「むー。竜の気持ちなんて、直接聞けば分かるのにー」

「そりゃ、お前だけだからなー」

 

 スカーレットが呆れたように囁き返す。


————————◆————◇————◆————◇————◆————————


 

「今日は、空脈について学んでいきましょう」

 

 教師が、空に伸びる線を描いた図を示す。

 

「空脈とは、空に張り巡らされた、膨大なエネルギーの流れの事です。竜人達の暮らす島は、通常、遥か上空で空脈に沿って、ゆっくりと漂っていると推測されています」

 

 ルーシェは聞き入っていた。田舎で育った彼女には、初めて聞く話ばかりだ。

 

「しかし、一年の内、数日ほど。空脈によって、彼らの島が地上に近づくタイミングがあります。そこで彼らは地上へ降りて、攻撃を仕掛けてくる訳ですね」

 

 教師の声が、わずかに厳しさを帯びる。

 

「そして最近の研究から、彼らは通常降りられないのではなく、島へ戻るだけの力がない、という事が判明しています。その場合、地上に隠れている事になりますので——『警戒期』でなくても、油断してはいけないという訳なんですね」

 

 ルーシェの脳裏に、あの輸送竜の上で見た光景がよぎった。隣のスカーレットも、同じことを思い出していたらしい。

 

「アタシらの輸送竜襲った奴ら、普通に空に帰って行ったよな。今は警戒期じゃねぇってのに」

「竜人の上位種は、そういうの無視できるって本人が言ってたよ」

「マジかよ……そりゃ、アカデミー上層部は今頃、頭抱えてるだろうな……」

 

 授業で習った常識を、いとも簡単に覆す存在。それと自分たちは既に出会ってしまっている。その事実の重さを、スカーレットは考えているようだった。


 ————————◆————◇————◆————◇————◆————————

 

「竜約術の基本は、基礎魔法の応用から!」

 

 担当の教師は、先の二人とは打って変わって、はつらつとした声の持ち主だった。

 

「皆さん、入学試験である程度の能力がある事は分かっていますが、まだまだ甘いです。生まれ持った属性の長所を伸ばし、短所を補える竜と契約する事が、立派な魔女になる秘訣ですわよ! はい、まずは魔法詠唱の理論から!」

 

 びっしりと埋まっていく詠唱式を前に、ルーシェの目は早くも泳ぎ始めていた。机に突っ伏しそうになりながら、隣に小声で泣きつく。

 

「うぅ……どの授業も、理論とか説明ばっかりで意味分かんない。スーちゃんもそう思うよね?」

 

 同意を求めるルーシェに、スカーレットは涼しい顔で答えた。

 

「まぁな。ただ、アタシは知らなかったで後悔はしたくない。知識だって立派な武器になるからな」

 

 ノートには、教師の言葉が几帳面に書き取られている。ルーシェは、その横顔をまじまじと見つめた。

 

「スーちゃんって、意外と真面目だよね。そんなギャップも魅力だと思います」

「試験勉強は自分でなんとかしろよー」

 

 スカーレットは発言の裏を読みそっけない態度を取る。

 こうして、ルーシェの学園生活の日々は過ぎていった。座学に追われ、箱庭に焦がれ、それでも一日ごとに、少しずつ前へ。



 ————————◆————◇————◆————◇————◆————————

 


 アカデミーの一室。窓の外に夕陽が沈みゆく中、ヴァレンタリアは学長——ライゼンと向かい合っていた。

「先日の襲撃ですが、レインラインと名乗る竜人は、警戒期でないにも関わらず、少数の竜人を伴い上空へと帰って行きました。上位種であれば、空脈に抗えると」

 ライゼンは、白い髭を撫でながら、低く唸った。

 

「これは重大な問題だな。既に他のアカデミーにも報告しているが……常に大陸全域を見回るには、魔女、魔法使いの数が圧倒的に足りない」

 

 老学長の目が、窓の外の空へと向けられる。

 

「しかし、これまで起こらなかったという事は、まだ何かしら制限があるのだろうか……」

 

 ヴァレンタリアは、わずかに目を伏せた。

 

「そこまでして奪いたかった積荷というのは、やはり『クリスタル』でしょうか?」

「ああ、あれは海底でのみ採れる、魔力を多く含んだ結晶。海が無く、空気中の魔力も薄いであろう空では——奴らが何より欲しがるのも頷ける」

 

 ヴァレンタリアの拳が、強く握られた。

 

「申し訳ありません。挑発に乗って、貴重な資源をみすみす奪われてしまいました」

「君が気にする事じゃない」

 

 ライゼンの声は、穏やかだった。

 

「偶然近くに居た君が駆けつけなければ、輸送竜ごと、乗客の命も奪われていただろう」

 

 その言葉に、ヴァレンタリアは少しだけ、肩の力を抜いた。そして、ふと思い出したように口を開く。

 

「そういえば——ルーシェという新入生が、怯える輸送竜を鎮め、竜人相手に戦っていたようです」

 

 その名に、ライゼンの眉がわずかに動いた。

 

「私から見ても、今後に期待が持てる生徒である事は、間違いないと思っています」

「ルーシェ・アイオライト……やはり、血は争えんという事か」

「学長?」

 

 ヴァレンタリアが、聞き返す。だが、ライゼンの言葉は、彼女に向けられたものではなかった。誰にともなく、あるいは、ここにいない誰かを思うように、学長は続けた。

 

「起こる全てが偶然でないのなら……彼女を軸に、何かが動き出そうとしているのか?」

 

 しばしの沈黙の後、ライゼンはヴァレンタリアに向き直った。その眼差しには、いつもの温和さと共に、何か切実なものが宿っていた。

 

「ヴァレンタリア君。 君が、ルーシェを導いてやってくれ」

「私が、ですか?」

「ああ。そして——気を付けるんだ」

 

 ライゼンの声が静かに響いた。

 

「運命は今、彼女を見ているぞ」

 

 窓の外で、最後の陽光が空に溶けていく。その遥か上、誰も知らない果ての空で、何かが静かに動き始めていることを——まだ、誰も知らない。

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