第18話 ほら、また空が近づいた
川沿いの道に、赤い屋根の群れが見る間に近づいてくる。その一軒の生垣の前で、小さな姿が飛び跳ねていた。
「見て! ルーシェお姉ちゃん帰ってきた!」
ティナの声が、風に乗って先に届く。その隣には、シャーリーも立っていた。
ディアナは翼を大きく張って速度を落とし、家の前の川べりへ静かに降りる。ルーシェが背から飛び降りると、白銀の輪郭が光に解けて、銀色の髪の少女がその場に立った。
「そうね。本当に、空を飛んで……」
シャーリーの目は、二人が降りてきた空の高さにまだ向いていた。
「ただいま戻りました! そしてこれは、私からのプレゼント!」
ルーシェは鎖の端をつまんで、ティナの目の高さに掲げてみせる。細い鎖の先で、小さな飾りが揺れた。
「ペンダントだっ! ありがとう!ルーシェお姉ちゃんとディアナお姉ちゃん!!」
ティナは鎖ごと両手に抱え込むと、その勢いのままディアナの腰へ飛びついた。飛びつかれた方は、行き場のない手を宙に浮かせている。
「ああ。次からは取られないように気をつけてくれ」
ティナが大きく頷いて、姉のもとへ駆け戻る。シャーリーは屈んで、妹の首の後ろで鎖を留めてやった。
「二人とも本当にありがとう。 私は、ただ状況を受け入れるしかなかった」
「いえいえ、私たちにできる事をしただけですから」
「出来る事。そうね」
シャーリーは、ルーシェの言葉の一部だけを繰り返した。留め終えた手を妹の肩に置いたまま、視線はまた空へ戻っていく。
「あの、シャーリーさん。さっきの、ジェイリーンの事なんですけど……」
ルーシェが言い終える前に、シャーリーが口を開いた。
「あの頃の私の夢は、魔女になって空を飛ぶ事だった。真っ直ぐに、ただそれだけを目指していた」
「シャーリーさん……」
「だから、それが難しくなった時、もう全部どうでもいいやーってなっちゃった」
困り顔で肩をすくめながらも、目は空に留まっている。
「でもね、今のルーシェちゃん達を見て思い出したの。私はやっぱり魔女になりたいんだって。自分でも気付かないぐらい小さくなっていた気持ちが、どんどんと大きくなっていくのを感じるの……!」
言葉の途中で、シャーリーの手が胸を押さえた。
「っじゃあ!」
ルーシェが一歩踏み込む。
「ええ。ディアナちゃん、ジェイリーンへの伝言は変更ね。 『必ず戻るからもう少しだけ待っていて。その時は、また二人で飛びましょう』って」
ルーシェは思わず相棒を振り返る。
「了解した、必ず伝えよう」
「やった! 私も待ってますから!」
ルーシェの万歳を、ティナが真似して飛び跳ねる。シャーリーは妹と、空とを順に見て、笑った。
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陽の傾いた岩場は、昼のあいだに吸い込んだ熱をまだ残している。その上で一頭の竜が、時折思いふけるようにしながらディアナの話を聞いていた。ルーシェは珍しく黙ってその横に立ち、話の終わりを待っている。
「という訳で、もうしばらく君はここでシャーリーを待っているといい」
《そうか。ったくシャーリーの奴……》
言いながら、ジェイリーンは静かに目を閉じた。
「あらあらジェイリーンさん。ちょっと嬉しそうじゃあないですか?」
《アタイは今、すぐにでもお前を噛みちぎることができるぞ》
目を見開き、牙の並んだ口がルーシェの頭の真上で開いた。吐き出された息が、前髪を持ち上げる。
「シャーリーさんに優しい子だって聞きました!」
ルーシェは牙の下で両手を腰に当て、見上げ返した。
《チッ……やりづれぇ。 話が済んだならオレはもう行くぜ》
ジェイリーンは口を閉じ、大きく翼を広げた。風が起こって、足元の草が一斉に伏せる。
「今度はみんなで一緒に飛ぼうね! 約束だから!」
竜は背を向けたまま、ぽつりと呟いた。
《ルーシェ、ディアナ。こいつは貸しにしとくぜ》
ルーシェが何か言い返す前に翼が地面を打ち、巨体が夕空へ持ち上がる。風の名残が収まる頃には、ジェイリーンは空の中の一点になっていた。
「ミッションコンプリート! 最高の結果になったね!」
その一点に向けて、ルーシェは両手を突き上げた。
「君はそうやって、意識せず周りの運命を大きく動かしている」
隣に立つディアナは、同じ空を見ていた。
「これまでも、これからも、私の選択全てが繋がって。 ほら、また空が近づいた」
ルーシェの指が、夕暮れの空の一番高いところを指す。
「明日はスカーレットの様子でも見にいこうか。 彼女の事だ、もう契約を果たしているかもしれない」
「うん! きっと明日も楽しい日になるよ」
ルーシェが歩き出すと、ディアナは半歩遅れてからその隣に並んだ。二つの影が、空へ届きそうなほど長く伸びていく。




