第19話 ステラ・ウィンド初めての依頼だぜ!
「…………シェ。…………起きろ、ルーシェ!」
名前を呼ばれている気がした。毛布の中は暖かくて、その声は遠くの方で何度も同じ形を繰り返している。
何度目かの声で、ようやく耳が追いついた。ルーシェが片目だけを開けると、寝台の脇にディアナが立っている。カーテンはもう端まで寄せられていて、窓の向こうの空は白く霞んでいた。
「……んぁ。 ……おはようディアナ……いつも悪いねぇ」
「君が今までどうやって生きて来られたのか不思議に思うよ」
ルーシェは毛布を押しのけて寝台から降りる。椅子の背にかけたままだった上着を掴んで、袖に腕を通す。
「それで、今日はスーちゃんのところに行くんだよね」
「ああ、その事だがここへ来る途中スカーレットに会ったんだ。君を連れて別棟に来るように言われたよ」
ルーシェのボタンを留める手が止まった。
「なんと!これはこれは、まさかの予感!」
本校舎の裏手に回ると、石造りの塔が朝の光を半分だけ受けて立っていた。その扉の前に、フリルとミザリィが並んでいる。
「あー!フリルちゃんにミザリィ! 何だか久しぶりの気分だよー」
「おはようルーシェ」
「相変わらず騒がしいヤツ……」
ミザリィは隠す事なく、大げさに顔をしかめてみせる。そして、その陰からもう一人がルーシェを見上げていた。
背はルーシェの肩にも届かない。髪の間から短い角が覗いていて、腰の後ろに垂れた鱗の尾は、朝の光を鈍く返している。ルーシェが膝を折って目の高さを合わせると、角や石片のような鱗にも細かな欠けと筋が走っているのが見える。
「えっと……あなたは?」
「よくぞ聞いたなルーシェ! ロックはこの箱庭でもっともいだいでつよい竜、ロックセブンだ!」
名乗り終えると、少女は両手を腰に当てて反り返った。
「最も偉大で強い竜!? はっ、まさかこの子が……」
「そう、アタシのバディだよ」
声は背中の方から届いた。膝を伸ばして振り返ると、いつの間にかスカーレットが立っていた。その胸元で、一つ星の星章が朝の光を弾いている。
「スーちゃん!!」
「少し待たせちまったが、これでアタシも2人に追いついたって訳だ」
「やった! すっごくおめでとうだよ!」
ルーシェは勢い良くスカーレットの両腕を掴んで揺さぶった。
「それで、早速だけど学長のとこ行ってアタシら3組でのチームの登録をしてきたぜ」
「行動力!」
「チーム名はステラ・ウィンド。まぁ学長にしてはそこそこのセンスってとこだな」
「ステラ・ウィンド! カッコいい響き!」
「問題なし」
「名前なんてどうでもいいさ。ボクは早く外で暴れたいんだ」
いつも通りのミザリィに対して、フリルは心なしか嬉しそうに見えた。
「おっ、気合い十分だな。じゃあこのまま依頼の一つでも受けてみるか?」
「ロックも外に出てみたい!」
「私も準備はできてるよ!」
言いながら、ルーシェは腰に下げた杖の柄を軽く叩いてみせた。
依頼受付所はアカデミー内に併設されていた。生徒の他に、卒業生達も依頼を求めてここを訪れているようだった。画鋲で留められた依頼書が幾重にも重なって、扉が開くたびに端がいっせいにめくれ上がる。朝のうちから何人もの魔女が行き来し、めぼしい一枚を剥がしては窓口へ運んでいった。
スカーレットは低い位置の列の前で足を止め、並んだ紙を端から指でなぞっていった。ディアナは壁際に寄ると、高いところに留められた一枚に手を伸ばして、めくれ上がった端を撫でつけている。
「さてと、一つ星の最初の依頼としてはこの辺りらしいけど、どうだ?」
ミザリィが肩越しに首を伸ばす。
「薬草集め、荷物運び、子供達の相手。はっきり言ってつまらないね、ボクら向きじゃあない」
「だよなぁ。最初は竜と飛ぶ事に慣れる、って目的なんだろうけど」
「えー、どれも楽しそうなのに」
「ロックセブンがどうかは知らないが、私とミザリィは戦闘の方が性に合っている」
「ロックもたたかう!ロックもたたかう!」
背後の窓口から、笑いを含んだ元気な声が飛んできた。
「そんなあなた達にピッタリな魔物討伐の依頼、あるわよ」
スカーレットが振り向くと、カウンターに肘をついた職員がこちらを見ていた。
「クエスティさん、いいんですか?」
「もちろん。自覚無いかもしれないけど、ステラ・ウィンドは1年生トップチームなんだから。学長だって期待してるのよ」
クエスティは引き出しから一枚を抜き出して、カウンターの上を滑らせた。
「はいこれ。最近は色々あって人手も足りて無いからこっちも助かるわ」
スカーレットがそれを受け取るより早く、ミザリィが横から紙の端を指で弾いた。
「おいスカーレット。依頼書は隅々まで目を通せよ」
「分かってるよ。真面目ちゃんエンターテイナーめ」
言い返しながらも、スカーレットは紙を両手で広げて目を落とす。粗い線で写された獣の絵の下に、数と地名が細かく並んでいた。ルーシェが横から覗き込むと、群れを示す印の隣に、一回り大きな輪郭が?印と共に描かれている。
紙の上をスカーレットの視線が往復して、それから顔が上がった。
「よし、決まりだ。これがアタシらステラ・ウィンド初めての依頼だぜ!」
「伝説の始まり」
「張り切って行こー!」
フリルの短い一言に、ルーシェが両手を突き上げて跳ねた。スカーレットは依頼書を折りたたむと、ゆっくりと扉へ歩き出した。
依頼へ向かう六人の声は、ルーシェがこの学校で聞いたどの朝よりも賑やかだった。




