↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラグノアの魔女 〜竜約の少女と果ての空〜  作者: inami。
第一章 アリステラの魔女達

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/19

第14話 端的に言えば暇を持て余している

 朝の箱庭が、二人の少女を迎える。

 

 風の向かう先。陽を吸って温まりはじめた岩場の上に、探していた影があった。

 畳まれた翼と、丸太のように太い四肢。岩に顎を預けて微睡んでいた巨体が、近づいてくる足音に気づいて、片方の目だけをうっそりと開けた。それから、心底うんざりしたという風に、長い息を吐く。

 

《ハァ……何の用だよ》

「おはようジェイリーン! 今日もいい風だね!」

 

 挨拶が答えになっていないことを、ルーシェは少しも気にしていなかった。両手を振りながら岩場の下まで駆け寄る。ジェイリーンの目が、じろりと細められた。あの雪原から、まだ幾日も経っていない。刺々しさが抜けきっていないのは当たり前で、それでも追い払われないだけで上出来だった。

 

「以前言ったはずだ。君が親しくしていた学生について調べると」

 

 隣に並んだディアナが、静かに言った。人の姿になってからも、この相棒の声は変わらない。涼やかで、余計な飾りがない。

 

《本気で言ってたのか?》

「本気も本気だよ!」

 

 ジェイリーンが、のそりと頭をもたげた。岩の上に落ちていた影が動き、ルーシェの足元まで伸びてくる。長い首をめぐらせて、この竜は二人を交互に見下ろした。追い払うでもなく、応じるでもなく。ただ、面倒なものを見る目だった。

 

《お前1年だろ? 授業はどうした》

「今行われている竜学や竜約術の授業は竜と契約する為のものだ。 既に私との契約を果たしたルーシェは出席が免除されている」

「優等生ですので」

 

 ルーシェは胸を張って、胸元の星章を指で弾いてみせた。金属の粒が小さく鳴る。ディアナが横目でこちらを見た。かわりに、話を続ける。

 

「本来なら学外の依頼を受ける事が推奨されているが、友人が一つ星になるのを待っている為それも出来ない」

「がんばれスーちゃん!」

 

 この場にいない友人に向かって、ルーシェは拳を握って声援を送った。今頃スカーレットは竜学の授業を受けているはずだ。彼女が魔女になる日は遠くない、ルーシェはそう信じていた。

 

「つまり、調査をするには絶好の機会。端的に言えば暇を持て余している」

 

 最後の一言は、あまりにも身も蓋もなかった。だが、隣にいるルーシェは得意げに頷いた。

 ジェイリーンの喉から、鼻を鳴らすような音が漏れた。呆れたのか、笑ったのか。判別はつかなかったけれど、少なくとも、牙は剥かれなかった。

 ルーシェは岩場に一歩近づいて、両手を胸の前で合わせる。

 

「お願い! 頑張って探すから教えて欲しいの!」

 

 返ってきたのは、沈黙だ。

 ジェイリーンは遠い何かを思い出しているようだった。視線をルーシェから外し、遠くの空へ向ける。風が渡り、草の海が音を立てて傾いだ。竜の翼の縁が、落ち着かなげに小さく持ち上がっては、また元の位置に戻る。それを何度か繰り返した。

 

 やがてジェイリーンは首をこちらへ戻すと、値踏みするようにルーシェを見下ろした。ここで目を逸らしたら終わりだと思って、ルーシェは見上げ返す。しばらく、視線がぶつかったままになった。

 先に折れたのは、竜のほうだった。太い喉の奥から、ひどく低い声が転がり落ちてくる。

 

《……シャーリーだ、アイツの名前は》

 

「おぉ、意外とあっさり。 ありがとう!」

《別に渋るようなモンでもねぇからな。 それに期待もしてねぇ、忘れてくれていいぜ》

「ううん、絶対にたどり着いて見せるから!」

 

 ジェイリーンは、それきり顔を背けてしまった。岩の上に顎を戻し、翼をぴたりと畳み直す。太い前足の爪が、意味もなく岩肌を一度だけ引っ掻いた。硬い音が、朝の空気に短く響く。

 その音を、ルーシェは返事として受け取った。

 忘れてくれていいなんて言われて、はいそうですかと忘れられるわけがなかった。

 

 ルーシェは踵を返し、来た道を駆け出した。露に濡れた草が靴を濡らすのも、もう気にならない。すぐ後ろから、ディアナの小さな溜め息と、追いかけてくる足音が続いた。

 背後で、竜が身じろぎする気配がした。振り返ってみたけれど、ジェイリーンはやはり顔を背けたままで、こちらを見てはいない。

 それで良かった。この間は敵意を見せていた彼女に、少し近づけた気がしたから。


 

 箱庭から戻ると、校舎は授業の真っ最中だった。

 廊下には人の姿がなく、閉じた扉の向こうから、教師の声と、答える生徒たちの声が、くぐもって漏れてくる。窓から差し込む光が、磨かれた床に長い四角を並べていた。その光を踏みながら、ルーシェは腕を組んで、わざとらしく唸ってみせる。

 

「さてさて、無事に名前を聞けた訳ですがどうやって調べましょうか」

「教師の誰かに聞きたいところだが今は授業中、終わるまで待とうか?」

 

 ディアナが、閉じられた教室の扉を横目で見ながら言った。もっともな案だ。在学していた生徒のことなら、教師に聞くのが一番早い。

 けれど、ルーシェは待っていられる気分ではなかった。せっかくジェイリーンから引き出した名前が、待っているあいだに冷めてしまう気がした。

 ルーシェは足を止めて、窓の外へ目をやった。中庭の向こう、木立の陰に、本校舎とは別の建物の屋根が覗いている。


「先生じゃなくても生徒に詳しそうな人……一人心当たりがあるよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。