第12話 望む結果は、望んだ者の前にしか訪れない
夕暮れの箱庭に、一組の影が舞い降りた。
「いやー、ボクの幻に翻弄されるグローサときたら! 最後はどれがボクだか分からなくなって、地面に頭から突っ込んでさぁ!」
ミザリィが、手を大袈裟に広げて戦いの一部始終を再現してみせる。その横で、フリルが小さく頷いた。
「うん。……ミザリィ、強かった」
「でしょでしょ!? もっと褒めていいよ! なんならボクの英雄譚として後世に語り継いでいいよ!」
「それは、また今度」
「えぇー」
あっさりと断られ、ミザリィががくりと首を垂れる。フリルの手が、そっと角を撫でた。
「でも……ありがと。楽しかった」
「……ふふん。やっぱりフリルは分かってるねぇ」
ミザリィの尾が、上機嫌に揺れた。騒がしい竜と、無口な少女。初舞台を終えた二人の間に流れる空気は、どこまでも軽やかだった。
同じ夕暮れの空を、少し離れた場所で見上げる影があった。
スカーレットは、箱庭の丘の上に一人立ち、茜色に染まる空を仰いでいた。つい先刻まで、あの空を、二組の魔女と竜が駆けていた。ルーシェとフリル。竜の背に乗り、風を切り、竜を相手取ったのは、昨日まで横に並んでいた同級生たちだった。
そして自分は、その光景を、ただ地べたから見上げていた。
「アタシは、何であそこにいない……いや、二人が特別なのは分かってた筈だろ」
ルーシェには、竜の声を聞く力がある。フリルには、既に関係を築いた竜がいた。頭では分かっている。あれは、今まで幾度となく見てきた差。役割を持って生まれて来た者の特権。
「でも、もしかしたら自分もそうなれるかもって、努力すれば近づけるかもって」
口にした途端、弱音の湿り気が自分でも分かって、スカーレットは強く頭を振った。夕陽が、赤い髪を一層赤く照らす。
「ダメだ! 弱気になるなスカーレット。望む結果は、望んだ者の前にしか訪れない」
幼い頃から、そうやって積み上げてきた。知識も、魔法も、全部。生まれ持った才の差を嘆く暇があるなら、その分だけ前へ進む。それが、スカーレットのやり方だ。
暮れゆく空の下、眼下には広大な箱庭が広がっている。このどこかに、自分を待つ相棒も、きっといる。
「待ってろよ、ルーシェ、フリル。アタシは必ず追いついて見せるからな!」
夕空に向かって放った宣言は、誰に聞かせるでもなく、しかし確かな熱を持って、茜色の彼方へと溶けていった。
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翌日。ルーシェとディアナは、学長室に呼び出されていた。
書架に囲まれた重厚な部屋の奥で、ライゼン学長が二人を迎える。
「よく来たね。ルーシェ君。そして——ディアナ君」
学長は机の前まで歩み出ると、二人を見て、どこか懐かしむ様子を見せる。
「まずは開放日の騒動を収めてくれて感謝する。そして、その日のうちの契約。近年でも稀に見る、見事な門出だ」
「珍しいですか? やっぱり!」
ルーシェが、身を乗り出す。
「うむ。初日の契約は、毎年一人居るかどうかといったところだ。それが今年は二人だ。アカデミーの歴史の中では初めてだよ」
「やった! でも、ディアナが待ってた私って、ちょっとズルじゃない?」
はしゃぎかけて、ふと首を傾げるルーシェ。その隣で、ディアナが静かに首を振った。
「そんな事ないよ。君に素質が無ければ、こうはなっていない」
待っていたのは事実だ。だが、あの空で共に戦い、相棒にと決めたのはディアナ自身だった。その言葉に、ルーシェの顔がほころぶ。
学長がルーシェの目を見る。部屋の空気が、すっと引き締まった。
「ではルーシェ・アイオライト。アリステラ・アカデミー学長ライゼンの名のもとに、一つ星の位を授ける」
差し出された小さな星章が、ルーシェの制服の胸元に留められた。窓から差す光を受けて、銀色の星がきらりと輝く。
「ほ、本当に私が魔女に……えへへ、やったよディアナ!」
「おめでとうルーシェ。だが、これでやっと私達はスタートラインに立ったんだ。大事なのはこれからだぞ」
「その通り。一つ星となった君が次の星を獲得する為に必要なのは、他の魔女とチームを組む事だ」
「チーム……ですか?」
ルーシェが目を瞬かせると、学長はゆっくりと頷いた。
「2つ目以降の星獲得に必要なのは実績だ。基本的には、魔物の討伐を始めとした、日々各地から届く依頼をこなしていく事になる。複数人であれば、それだけ大きな依頼が受けられるという訳だ」
学長の声が、わずかに低くなる。
「そして、我々が真に見据えるべきは竜人への対処。強力な竜人には、複数の魔女魔法使いによる連携が必須になる。そこで、学生の内からチームを組んで行動する事が推奨されている」
「なるほど。日々の問題対応の効率化と、有事の際の訓練を兼ねているのか。合理的だな」
ディアナが顎に手を当てて頷く。契約したての竜が学長の説明を平然と分析する様に、ライゼンは面白そうに片眉を上げた。
「君達であれば、同じ一つ星だけでなく、更に上の星のチームからでも歓迎されるだろう」
「でも、そういうことなら私、決めました」
ルーシェは、迷いなく言い切った。脳裏に浮かぶのは、赤い髪の友人の顔。
「友達が、すぐに一つ星になります。だからチームは、その時に組みます」
「ふむ。それも良いだろう。……先程、フリル君も同じような事を言っていたよ」
学長の言葉に、ルーシェとディアナは思わず顔を見合わせた。あの無口な少女も、同じ答えを選んでいた。ルーシェの頬が、自然と緩んだ。
「では、ルーシェ君、ディアナ君。君達がこのアカデミーで、その先で何を成すか、楽しみにしているよ」
話は終わり——そう告げる学長に、しかし、二人は動かなかった。
昨日の雪原からずっと、胸の中で渦を巻いていた問いがある。二人は、目を見交わした。先に口を開いたのは、ディアナだった。
「学長、1つ質問が。学長は私の母、ミラドーナを知っていますね? 母が残した言葉は『ここでルーシェを待て』というものでした。知っている事があれば、教えてください」
「あの、私がアカデミーに入るよう手紙を送ってきたのは、学長ですよね?」
ルーシェも続く。辺境の村に届いた、一通の入学案内。あれがなければ、自分はここにいない。
「私のお母さんも、魔女だったと聞いています。教えてください、お母さんの事」
二対の視線を受け、学長はしばし目を閉じた。そして、白い髭の奥で、小さく息を吐く。
「ふむ、やはりこうなるのは必然か」
その響きには、驚きよりも、覚悟を決めたような静けさがあった。
「よかろう。この話をするに相応しい場所がある。ついてきなさい」




