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『教授を殴って停学になった農大ヤンキー、異世界で畑を耕したら三カ国の兵隊が飯目当てで戦争をやめた』  作者: 月神世一


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EP 4

月兎の洗礼と、五十人分のチャーハン

深い森を抜けると、ふわりと視界が開けた。

なだらかな丘に、藁葺きの家々。水車。放し飼いの鶏。

そして、そのすべてを囲むように広がる畑。

「ここですわ、兄貴! ここがポポロ村や!」

ニャングルが算盤を掲げて胸を張った。

「ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国――三大国が睨み合う緩衝地帯の、ど真ん中でっせ。人口千人ちょい。しけた村ですけどな、住みやすさだけは大陸一や」

「わぁ、のどかですぅ! 私、こういう何もない所、嫌いじゃないですぅ!」

だが龍魔呂は、家も水車も鶏も見ていなかった。

まっすぐ畑へ歩いていき、畝の脇にヤンキー座りになる。

黒土をひと掴み。指先で揉む。鼻を近づける。

「……おい、ニャングル」

「へい、なんですやろ」

「この畑、殺されかけてるぞ」

         ◆

「こ、殺されかけとる!?」

「同じもんを何年連続で作ってる」

「え……えぇと、麦と芋を、かれこれ十年は」

「だろうな」

龍魔呂は土を握り潰し、ぱらぱらと落とした。

「土の中の栄養が、片方だけ根こそぎ抜けてる。しかも同じ病気の菌が居着いてやがる。連作障害だ。あと二、三年で、この畑は何も返さなくなるぞ」

ニャングルの算盤を持つ手が止まった。

彼は商人だ。数字の意味は誰よりも早く理解する。

「……村が、飢えるっちゅうことでっか」

「そういうこった」

三カ国の緩衝地帯。どこの国も守ってくれない土地で、畑が死ぬ。

龍魔呂は立ち上がり、煙を吐いた。

「土は生きてる。ここの奴らは、飯だけ取って何も返してねぇ」

         ◆

「ニャングル〜!」

のどかな空気を切り裂くように、明るく可愛らしい声が響いた。

振り返ると、銀白色のショートボブの少女が駆けてくるところだった。

頭には純白の長い兎耳。真紅の瞳。オーバーサイズのパーカーにショートパンツ、足元にはやたらとゴツい安全靴。

「あ、キャルル村長! ええ所に来はった!」

少女は兎耳をピコピコ動かしながら、龍魔呂の巨躯を見上げた。

「なーに? なーに? だーれ、この人」

「こちらの龍魔呂の兄貴と、あと……リリスとかいう女や」

「私の扱い、雑すぎません!? 一応これでも女神なんですぅ!」

ニャングルは女神の抗議を完全に黙殺し、揉み手で身を乗り出した。

「でな、この兄貴に村の『用心棒』でも任せてみようかと思いましてな」

「ふぅ〜ん。用心棒」

その瞬間。

少女の雰囲気が、スッと変わった。

無邪気な村娘の顔が消え、獣人王国の元・近衛騎士隊長候補としての、研ぎ澄まされた戦士の顔が現れる。

いつの間にか、両手には黒光りするダブルトンファーが握られていた。

「私より……強いのかなぁ?」

「……あ?」

「嫌なら、今すぐ逃げてもいいんだよ?」

小首を傾げて微笑む月兎族の少女。

その真紅の瞳の奥に、好戦的な光が宿っていた。

龍魔呂は面倒くさそうに首を鳴らし、咥え煙草をポケットの携帯灰皿に押し込んだ。

「上等だ。……きな」

         ◆

ドッ!!

キャルルの足元の土が、爆発したように弾け飛んだ。

百メートルを五秒台で駆け抜ける月兎族の脚。瞬きする間に龍魔呂の懐へ潜り込み、その勢いのまま大地を蹴り上げる。

「月影流――『乱れ鐘打ち』!」

軸足を高速で切り替えながらの、鉄芯入り安全靴による連続旋回蹴り。

まともに食らえば骨ごと内臓が破裂する必倒の嵐。

だが。

「……速くて重い。だが、大振りだぞ」

ガギィィィンッ!!

龍魔呂の右手に嵌まったメリケンサックが、安全靴の鉄芯をピンポイントで迎え撃った。

力で止めたのではない。合気と柔道の理合を用い、蹴りの運動エネルギーを真横へ受け流したのだ。

「えっ!?」

自分の全力が滑り、体勢を崩されたキャルルが目を見開く。

「じゃあ……月影流『顎砕き』!」

瞬時に立て直し、トンファーでガードをこじ開けながら、闘気を纏った膝を顎へ突き上げる。

シャキッ! ガンッ!!

龍魔呂の左手から伸びた特殊警棒が、その軌道を寸分の狂いもなく受け止めていた。

「や、やだ……!」

キャルルはさらに加速した。目にも止まらぬ連続蹴り。

だが龍魔呂は最小限のステップですべてを外し、警棒の鋭いスナップでトンファーを弾き続ける。

魔法もない。闘気もない。

ただの武術と、ただの喧嘩殺法だけで。

「…………っ!」

その未知の強さに触れた瞬間、キャルルの奥底で、何かのスイッチが完全にオンになった。

瞳が、危険な熱を帯びてトロンと潤む。

「うふふ……楽しい。楽しいっ! もっと、もっとギアをあげるね♡」

「おい待て、そのブーツから雷が出てんぞ」

         ◆

――だが、決着はつかなかった。

安全靴の底で紫電がバチバチと弾け始めたその時。

キャルルの動きが、ぴたりと止まったのだ。

「……あれ?」

兎耳が、ぴんと立つ。

彼女は自分の足跡と、龍魔呂の足跡を交互に見比べた。

自分の踏み跡は、畝を三本ほど踏み抜いている。

だが、この巨漢の足跡は――一度も、畝を跨いでいない。

あれだけ激しく動き回りながら、彼は常に畝と畝の間の細い通路だけを選んで踏んでいた。

「あなた、さっきから……畑を踏まないように動いてる?」

「あ?」

龍魔呂は心底どうでもよさそうに答えた。

「踏んだら、来年の分が減るだろうが」

「…………」

キャルルの兎耳が、ふるりと震えた。

彼女は、トンファーを下ろした。

「……合格」

「あ?」

「用心棒、雇います。私、この村の村長のキャルル・ムーンハート」

少女はぺこりと頭を下げ、それから花が咲くように笑った。

「よろしくね、龍魔呂さん♡」

         ◆

村長宅の台所は、龍魔呂には狭すぎた。

だから彼は、庭に竈を組ませ、村の集会所から一番でかい鍋を引っ張り出させた。

「ちょ、ちょっと待ちいな兄貴! それ祭りん時にしか使わん寸胴でっせ!」

「これでいい」

村の隠田で採れたという米。畑の端で余っていた卵。塩漬け肉の切れ端。

あとは、ネギに似た香りの強い野草を、ざくざくと乱暴に刻む。

油を引いた寸胴が、赤く焼けるまで熱される。

ジュワアアアアッ!!

卵と飯が投げ込まれ、直後、龍魔呂の丸太のような腕が鍋を跳ね上げた。

黄金色の飯が宙を舞う。一粒残らず卵をまとい、火の上で乾く。

最後に、鍋肌に沿わせて醤油に似た黒い液体を一周。

ジュッ――と、香ばしい煙が立ち上った。

「…………」

村が、静かになった。

畑にいた老人が鍬を落とした。井戸端の女たちが振り返った。

どこかの家の窓が、勢いよく開いた。

「な、なんですかぁこの匂いぃぃぃ! 女神の権能より暴力的ですぅ!」

         ◆

気がつけば、村長宅の庭は人だかりになっていた。

子供が四十人。老人が十数人。仕事を放り出した大人たち。

昨日助けたトトも、母親に手を引かれて最前列に並んでいる。

龍魔呂は次から次へと椀に盛り、無造作に配っていった。

「食え。まだあるぞ」

「うっま!」「なんだこれぇ!」「おかわり!」

キャルルは、その光景を少し離れた所から眺めていた。

ポケットの飴玉を配ろうとして、その必要がないことに気づいて、手を引っ込める。

そして、ふと気づいた。

鍋が、明らかに大きすぎる。

最初から、四人分を作る気などなかった。

「……ねえ、龍魔呂さん」

「あ?」

「なんで、そんなにたくさん作るの?」

鍋をかき混ぜていた手が、ほんの一瞬だけ止まった。

龍魔呂は、こちらを見なかった。

「……一人分の作り方は、知らねぇ」

それだけだった。

彼はすぐに鍋を返し、次の椀に盛りはじめた。

         ◆

キャルルの兎耳が、ぴくりと動いた。

月兎族の聴覚は、相手の心筋の拍動と血流のノイズまで拾い上げる。

この耳の前では、いかなる嘘も成立しない。

今の言葉に、嘘はなかった。

一片もなかった。

――だが。

「(……え?)」

嘘をついていないのに。

あの言葉を口にした瞬間、この人の心臓は。

一度だけ、大きく跳ねた。

まるで、ずっと蓋をしていた何かの、蓋の上を叩かれたみたいに。

キャルルは、笑顔のまま動けなかった。

賑やかな庭の真ん中で、彼女だけが、その音を聞いていた。

読んでいただきありがとうございます。

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