第8話 小悪魔後輩
一週間後
【利良流ララ視点】 高校二年生
「んっ、今日も私、最高に可愛い」
女子トイレの大きな鏡の前。私は、ゆるふわウェーブのツインテールを手で整えながら、にっこりと完璧な笑顔を作った。
跳ね上げた猫目メイクも、計算し尽くされたあざとい仕草も、すべては自分の魅力を最大限に引き出すための武器だ。
中学時代、私はこの「あざとさ」のせいで、女子たちから総スカンを食らった苦い経験がある。
『ララってさ、男子の前だと声変わるよね。マジうざい』
『ぶりっ子キツすぎ。一緒にいるこっちが恥ずかしいんだけど』
陰口を叩かれ、ハブられ、一人で泣いたこともあった。でも、私はそこで折れたりしなかった。
「女子から嫌われるなら、女子からも男子からも、全方位から愛される完璧な『小悪魔キャラ』に磨き上げればいいだけのこと。だよね」
鏡の中の自分に語りかける。
そうして努力を重ねた結果、苔柿高校に入学してからの私は、学年トップクラスの人気者としてのポジションを確立している。欲しいものは素直に奪いに行く。それが私の肉食系としてのポリシーだ。
そして今、私が一番欲しいもの。
それは、一つ年上の図書委員、相生瑛先輩だ。
入学して以来、私はずっと遠くから瑛先輩のことを見ていた。
切れ長の瞳で一見クールに見えるけど、笑うと目尻が下がる整った顔立ち。面倒見が良くて、優しいところ。
絶対に私のモノにしたいって、ずっと思っていた。
だけど、先輩の隣にはいつも、邪魔な存在がくっついていた。
幼馴染の、桃芽萌真先輩だ。
明るい茶髪のハーフアップで、いつも元気で騒がしい人。瑛先輩と萌真先輩は、毎日一緒に登下校をして、昼休みも一緒に行動していて、入り込む隙が全くなかった。
「本当に、目障りだったなぁ……」
ぽつりと冷たい本音がこぼれる。
でも、状況は変わった。ここ一週間、二人の間に明らかな変化が起きている。
朝も帰りも一緒にいないし、昼休みだって別々に過ごしている。明らかに二人の関係に何かがあって大きく距離を置くようになっているのだ。
詳しい事情は知らないけれど、二人が気まずくなっている今この期間こそ、私にとっては最大のチャンスよ。
「……さてと。狩りの時間といきますか」
私はリップを塗り直し、唇をんっぱと鳴らすと、自信に満ちた足取りでトイレを後にした。
+++
放課後の図書室。
夕日が差し込む静かな空間で、瑛先輩はカウンターに座り、図書委員の仕事である本の貸出業務や整理をしていた。
黒髪のナチュラルマッシュが、本に向かって静かに傾いている。その横顔を見ているだけで、私の胸はトクトクと高鳴った。
私は背中に隠していた小さなラッピング袋を握り直し、足音を忍ばせてそっと先輩の背後に近づいた。
そして、わざと耳元のすぐ近くで、甘ったるい声を出す。
「えーいせんぱいっ♡」
「うおっ!?」
驚いて肩をビクッと跳ねさせた先輩が振り返る。
私はそのまま、距離感ゼロで先輩の腕にキュッと自分の腕を絡ませた。
「お疲れ様です!図書委員のお仕事、大変そうですねぇ」
「ら、ララ!?お前、いきなりなんだよ。ここは図書室だぞ、静かにしろって」
先輩は慌てて周囲を見回しながら、私の腕を引き剥がそうとする。
でも、私は絶対に離さない。上目遣いで先輩の顔を覗き込み、特技のおねだりポーズを炸裂させる。
「いいじゃないですかぁ、誰もいませんし。ねぇ先輩、何か面白い本を紹介してくださいよぉ?」
「今は返却された本の整理中だ。ほら、邪魔だから離れろ」
「えー、冷たい!私、先輩に会いたくてわざわざ来たのに。最近、一人でいることが多いみたいだから、寂しいのかなーって思って」
「べ、別に寂しくなんか……ってか、近すぎるって。腕、当たってるから!」
先輩が露骨に動揺して、顔を赤くしている。
(ふふっ、可愛い。やっぱり私のアピール、ちゃんと効いてる)
「当たってるのはわざとですよ?先輩を癒やしてあげようと思って♡あ、そうだ!はい、これプレゼントです!」
私は絡ませていた腕をほどき、背中に隠していたラッピング袋を先輩の目の前に差し出した。
家庭科部特製、私の手作りクッキーだ。
「クッキー?なんで俺に」
「いつも頑張ってる先輩への、私からの特別なご褒美です!さぁさぁ、遠慮しないで食べてみてください!あ、私が『あーん』してあげましょうか?」
「い、いいよ自分で食うから!……ありがとな」
先輩は困ったように眉を下げながらも、私のペースに完全に巻き込まれ、クッキーを受け取ってくれた。
サクッと一口かじり、目を丸くする。
「……美味い。お前、家庭科部だったっけ」
「はいっ!お菓子作りは得意なんですよ。先輩の胃袋、いつでも掴む準備できてますからね」
冗談めかしてウインクを飛ばすと、先輩は「調子いい奴だな」と呆れたように笑いながらも、満更ではない表情を浮かべていた。
クールに見えて、こういう押しには弱い。先輩のそういうところも、愛おしい。
「先輩、クッキーのお礼に、今度私とデートしてくださいよ」
「はぁ!?お前なぁ、先輩をからかうもんじゃないぞ」
「からかってなんかいませんよぉ。私、本気で先輩のこと狙ってますから」
わざと顔を近づけ、先輩の切れ長の瞳をじっと見つめる。
先輩の動揺が、手に取るように伝わってくる。
(このまま、一気に落としてみせる。萌真先輩なんかに入る隙間、1ミリも残してあげないんだから)
私は今までに習得した女の子スキルを総動員して、完璧な小悪魔の笑顔で先輩に甘え続けた。




