第5話 昼休みの購買
翌日の昼休み。
【萌真視点】
「ねぇ、瑛。購買で3キロのデカ盛り焼きそばパンを売り始めるらしいよ」
私は、購買へ向かおうと自分の席を立ったついでに、幼馴染である相生瑛の席へと歩み寄って声をかけた。
瑛は、読みかけていた文庫本から顔を上げ、黒髪のナチュラルマッシュを揺らして胡散臭そうな目を私に向けてくる。
「ほん……どうせ嘘なんだろ?」
私が毎日毎日、息を吐くようにくだらない即興のフかしを言っているせいで、瑛はすっかり警戒モードに入っている。
でも、今日のは違う。美化委員のネットワークを駆使して手に入れた、紛れもない真実なのだ。
「ガチ」
私は真顔を作って、瑛の目の前でビシッと人差し指を立てた。
「これはガチ」
「ホントなんかい!」
瑛が呆れたようにツッコミを入れる。
その反応が面白くて、私は思わず「えへへ」と笑みがこぼれてしまった。
いつもならここで「うっそーんw」とおどけて嘘で誤魔化すところだけど、たまに入れる本当の事は、それはそれで笑ってくれる。
「ほら、早く行かないと売り切れちゃうよ!世紀の瞬間を見逃す気!?」
「いや、そんな3キロもあるパン、誰が買うんだよ……」
ブツブツと文句を言いながらも、瑛は文庫本に栞を挟み、ちゃんと席を立って私についてきてくれる。
こういう人付き合いの良いところが、昔から変わらない瑛の優しいところだ。
二人で連れ立って購買部へと向かうと、廊下はすでにたくさんの見物の生徒たちでごった返していた。
「うわ、すごい人……!ちょっと瑛、前見えないから先に行って群衆を掻き分けてよ!」
「そこまでして見たいものかよ。ほら、転ぶなよ」
瑛に人混みをかき分けてもらいながら一番前まで進むと、パンの陳列棚のど真ん中に、鎮座するという言葉がぴったりの『それ』があった。
「うおっ……マジであった……」
「でしょ!?私の言った通りじゃん!」
それは、もはやパンというより、ソースの匂いを漂わせる巨大ラグビーボールだった。
地元パン屋と苔柿高校購買部がコラボした名物、メガ盛り焼きそばパン。
たまにゲリラ販売されるとは聞いていたけれど、実物を目の当たりにするのは初めてだ。限界まで詰め込まれた焼きそばが、今にもラップを突き破りそうになっている。
「でもさ、これ……値段見てよ」
「一万……一万円の焼きそばパンって……」
値札には、高校生のお小遣いでは到底手が出ないゼロの数が並んでいた。
私たちは呆気にとられて顔を見合わせる。
「こんな一万円の焼きそばパン、いくらなんでも誰も買わないよね」
「だな。見せ物としては面白いけど、さすがに手が出ねぇわ」
あはは、と二人で声を合わせて笑い合う。
こういう他愛もないことで一緒に笑い合える時間が、私はすごく好きだった。
ずっとこのままでいられたらいいのに――なんて、心のどこかで思ってしまうくらいに。
「おっ、お前らもこれ見に来たのか」
不意に背後から声をかけられ、振り返ると、そこにはサッカー部副部長の舘哲人くんが立っていた。
がっしりとした体格に浅黒い肌、爽やかな笑顔は相変わらずで、周りの女子生徒たちがチラチラと彼を見ている。
「哲人くん!うん、一万円のデカ盛りパンだって!凄いよね!」
「おう哲人。お前、まさかこれ買う気じゃないだろうな?」
瑛が冗談めかして言うと、哲人くんは陳列棚の巨大焼きそばパンをじっと見つめ、フッと意味深な笑みを浮かべた。
「俺は一足先に、次のステージへ行くぜ」
えっ?
私は思わず首を傾げた。
「次の……ステージ?」
「ああ。じゃあな、お前らもせいぜい頑張れよ」
哲人くんはそれだけ言うと、片手を軽く上げて人混みの中へと消えていった。
『一足先に、次のステージへ行くぜ』
その言葉が、私の頭の中でぐるぐるとリフレインする。
次のステージって、何?
私と瑛に向けられた言葉だとしたら……今の『幼馴染』という関係の、その先?
つまり……『恋人』っていう、そういうステージのこと!?
「……っ!」
「おい、萌真?どうした、急に顔真っ赤にして」
「ななな、なんでもないっ!購買の中がちょっと暑いだけだから!」
「そうか?まあ、これだけ人がいればな」
瑛は全く気付いていない様子で、再び巨大な焼きそばパンの方へ視線を戻した。
私は、自分の胸の奥がドクン、ドクンと大きく波打っているのを感じていた。
次のステージ。
もし、私が瑛の隣に、ただの幼馴染じゃなくて、特別な女の子として立てたなら。
そんなこと、考えただけで恥ずかしくてキャパオーバーになりそうなのに、どうしてか、胸の奥がじんわりと温かくなるのだ。
横顔を見つめていると、瑛の綺麗な切れ長の瞳や、少し無防備な表情が、やけに魅力的に見えてきてしまって、私は慌てて視線を逸らした。




