第40話 サキュバス召喚
【瑛視点】
「右から敵来てる!撃って撃って!」
「わかってる!お前は左のザコを片付けろ!」
モールの最上階にあるゲームセンター。薄暗いフロアの一角で、俺たちは大型筐体のシューティングゲームに並んで座り、画面に向かっておもちゃの銃を乱射していた。
この手のゲームをやらせると、バドミントン部で鍛え上げた萌真の動体視力と反射神経が遺憾なく発揮される。
「リロード!瑛、前衛お願い!」
「任せろ!」
俺の的確な指示と、萌真の神がかったエイムで、俺たちは息の合ったプレイを見せ、次々とステージをクリアしていった。
やがて画面が赤く点滅し、重々しいBGMと共に最終ステージのボスキャラが姿を現した。巨大なコウモリの羽を生やし、露出度の高い衣装を身にまとった妖艶な悪魔――『サキュバス』だ。
「うわっ、なんかすごいのが出てきた!動き早っ!」
「焦るな!俺が囮になって攻撃を引きつけるから、お前はコアを狙え!」
画面の中を縦横無尽に飛び回るサキュバスの苛烈な攻撃をかいくぐり、俺たちは残機ギリギリの死闘を繰り広げた。
「いっけえぇぇぇっ!!」
萌真の叫びと共に放たれた最後の一撃が、見事にサキュバスのコアを撃ち抜いた。画面いっぱいに爆発のエフェクトが広がり、『CLEAR!』の文字が輝く。
「よっしゃああああっ!」
「やったね瑛!」
俺たちは顔を見合わせ、興奮冷めやらぬまま勢いよくハイタッチを交わした。
「お前、マジで動体視力良すぎだろ。最後の一撃、よく当てたな」
「へへーん。伊達に毎日シャトル追いかけてないからね。瑛の指示も完璧だったよ!」
無邪気に笑う萌真の笑顔を見て、俺の口角も自然と緩んでいた。
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シューティングゲームの余韻に浸りながらフロアを歩いていると、萌真があるクレーンゲームの前でピタリと足を止めた。
「あ、ねぇ見て瑛!これ、さっきのボスに似てない?」
ガラスケースの中を覗き込むと、そこには小さなコウモリの羽と尻尾がついた、デフォルメされた小悪魔系のマスコットぬいぐるみが山積みになっていた。
「サキュバスのぬいぐるみか。確かにちょっと似てるな」
「可愛い!カバンにつけたいなぁ……」
ガラスにへばりつくようにして見つめる萌真。その横顔を見て、俺の中で彼氏としての見栄と、負けず嫌いのスイッチがカチリと入った。
「ちょっと待ってろ」
俺は財布から百円玉を取り出し、筐体に投入した。
「えっ、瑛、やってくれるの!?」
「さっきのゲームの健闘を称えて、プレゼントしてやるよ」
俺は真剣な眼差しでアームの軌道を計算し、ボタンを操作した。数回の挑戦の後、アームが見事にサキュバスのぬいぐるみをガッチリと掴み、取り出し口へと落とした。
ゴトン、という音と共に、萌真が歓声を上げる。
「すごい!ありがとう瑛!」
俺からぬいぐるみを受け取った萌真は、早速自分のバッグの金具に取り付け、嬉しそうに揺らしてみせた。
「どう?似合う?」
「ああ。小悪魔なところが、お前にそっくりだな」
「もうっ!私そんなに意地悪じゃないもん!」
ぷくっと頬を膨らませる萌真をからかいながら、俺たちはゲームセンターを後にした。
+++
モールを出て、家へと向かう帰り道。
真夏の容赦ない日差しもようやく落ち着き、空は茜色に染まる夕暮れ時を迎えていた。
俺たちは、帰り道の途中にある、人気のない公園に立ち寄った。
「あー、楽しかった!でもちょっと歩き疲れたかも」
萌真はバッグにつけたサキュバスのぬいぐるみを指先で揺らしながら、背伸びをした。
そのぬいぐるみの妖艶な羽の形を見た瞬間、俺の頭の中に、先ほどのゲームの光景と、演劇部で鍛えた『迫真の憑依型演技』の血が疼き始めた。
「……おい、萌真。ちょっとそこに立ってろ」
「え?うん」
不思議そうな顔をする萌真を砂地の真ん中に立たせると、俺は足元に落ちていた木の枝を拾い上げ、彼女の周りをぐるりと囲むように、適当な幾何学模様――魔法陣のようなものを描き始めた。
「な、なにやってるの瑛?変な模様描いて……」
「いいから。そのまま動くなよ」
魔法陣を完成させた俺は、木の枝を放り投げ、スッと姿勢を正した。
そして、わざと声のトーンを一段階低く、腹の底から響かせるような劇画チックな声色を作り上げた。
「……いでよ、俺の精気を吸い尽くす夢魔!サキュバス召喚!」
夕暮れの公園に、俺の迫真の詠唱がふざけて響き渡る。
突然始まった俺の悪ノリの茶番に、萌真は一瞬目を丸くしたが、すぐに状況を理解したらしい。彼女の持ち前のサービス精神とノリの良さが、即座に発揮された。
「人間?……ふふっ……久々の人間界じゃ」
萌真はバッグのサキュバスのぬいぐるみを片手に持ち、あざとい小悪魔のような笑みを浮かべた。
「私を呼び出すなんて、いい度胸じゃない。……契約の証に、お前の誠意を捧げよ!」
ノリノリで夢魔の役を演じきる萌真。その予想以上の適応力に、俺は内心で吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
「さあ、私に生気を捧げるのだ。そこに座れ、人間!」
萌真はビシッと指を突き出し、公園の隅にある背もたれのない木製のベンチを指し示した。
「……御意」
俺は言われるがまま、恭しく頭を下げてベンチに腰を下ろした。
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俺が背もたれのないベンチに腰を下ろすと、サキュバス役に入り切った萌真が、妖艶な(と本人は思っているであろう)足取りで近づいてきた。
茜色に染まる夕暮れの光が、彼女の白いサマーニットと、少しだけ紅潮した頬を照らしている。
「ふふふ……素直でよろしい」
萌真は俺の目の前で立ち止まると、おもむろに片足を上げ、俺の太ももを跨いだ。
「えっ?」
俺が驚く間もなく、彼女はそのまま向かい合わせになるようにして、俺の太ももの上にまたがって座り込んだのだ。
「お、おい萌真……」
「しーっ。私はサキュバス、黙って私の魅了チャームにかかりなさい」
萌真は俺の肩に両腕を回し、首の後ろで手を組んで、上半身をぴったりと密着させてきた。
オフショルダーのサマーニットから覗く滑らかな肩。ふわりと香る、甘くて爽やかなシャンプーの匂い。そして、太もも越しに伝わってくる、彼女の柔らかい体温と重み。
普段は照れ隠しですぐに逃げ出すくせに、こういう『設定』に乗っかった時の彼女は、とんでもなく大胆な行動に出ることがある。
「……愚かな人間。私を呼び出した代償は、高くつくわよ」
至近距離で見つめ合う大きな瞳。萌真は悪戯っぽく微笑み、俺の鼻先に自分の鼻をこすりつけてきた。
俺の理性を試すような、あまりにも無防備で刺激的な挑発。
以前、自室で「高校卒業までは欲望は抑えて一線は超えない」と宣言したばかりだというのに、こいつは俺のストッパーを全力で壊しにきているらしい。
(……上等だ)
俺の中で、彼氏としての独占欲と、少しばかりのドSなスイッチが完全にオンになった。
色仕掛けで俺をタジタジにさせるつもりだったのだろうが、そうはいかない。
「代償、ねぇ……」
「ひゃっ!?」
俺は両手を伸ばし、俺の太ももの上にまたがっている萌真の細い腰を、ガッチリとホールドした。
ビクッと彼女の肩が跳ねる。
俺はそのまま腕に力を込め、彼女の身体をさらに俺の方へと引き寄せ、完全に逃げ場を失わせた。




