第39話 メガ盛り焼きそばパン
【瑛視点】
ミヤビモール苔柿の正面入り口。
照りつける真夏の太陽から逃れるように、俺は冷房の効いた自動ドアの付近で、スマホの時計をちらりと確認した。
待ち合わせ時間の五分前。自動ドアの向こう側から、明るい茶髪のハーフアップを揺らしながら小走りで向かってくる人影が見えた。
「おーい、瑛!お待たせ!」
幼馴染であり、俺の彼女である桃芽萌真だ。
今日の彼女は、少し肩が透けて見えるオフショルダーの白いサマーニットに、淡いブルーのフレアスカートという、いつもより少し大人びた私服姿だった。
「ゴメンね、待った?家出る前に髪型が決まらなくてさー」
「……いや、俺も今来たところだ」
俺は平静を装って答えたが、内心では激しく動揺していた。
数日前の俺の部屋での一件以来、俺の理性は常にギリギリの戦いを強いられている。あの時、俺は「高校を卒業するまでは欲望を抑え込んで一線は超えない」と、カッコつけて宣言してしまったのだ。寸止めでからかって楽しむなんて強がってはみたものの、いざこうして可愛い彼女を目の前にすると、視線のやり場に困るほど余裕がなくなっている自分がいた。
「どしたの?私の顔になんかついてる?」
「なんでもない。ほら、中入るぞ。外は暑すぎる」
俺は誤魔化すように彼女の手を引き、冷房の効いたモールの中へと足を踏み入れた。
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涼しい空気に人心地ついたのも束の間、モールの1階中央にある催事スペースから、尋常ではない熱気と歓声が響いてきた。
「え、何あれ?すっごい人だかりだけど……なんかイベントでもやってるのかな?」
萌真が好奇心に目を輝かせ、俺の手を引っ張って群衆の方へと駆け出す。俺も苦笑しながら彼女の足早なペースに合わせて歩を進めた。
何重にもできた人垣の隙間から背伸びをして覗き込むと、そこには見覚えのある地元パン屋の特設ブースが設けられていた。そして、長机の中央に鎮座する巨大な茶色い山――以前、学校の購買でゲリラ販売され、俺たちを驚愕させた『3キロ・一万円のメガ盛り焼きそばパン』を前に、一人の男が死闘を繰り広げていたのだ。
「……おい、あれ哲人じゃないか!?」
俺が思わず大きな声を上げると、萌真も口元を両手で覆って目を限界まで丸くした。
「本当だ!哲人くん、前にぶっ倒れちゃったメガ盛り焼きそばパンに再挑戦してるの!?」
首にタオルを巻き、気合の入ったジャージ姿の哲人は、顔中を滝のような汗まみれにしながら、己の限界を超える勢いで巨大なパンと焼きそばを口に運び続けていた。以前、昼休みに挑戦して保健室送りにされた雪辱を果たすため、彼がこの日のためにバイトで一万円を稼ぎ、血の滲むような思いで胃袋を鍛え上げてきたことは容易に想像できた。
特設ブースの横に置かれたタイマーの残り時間はあとわずか。だが、限界ギリギリまで詰め込まれた炭水化物の暴力に、哲人のペースは明らかに落ち、咀嚼する口の動きが止まりかけている。
「あいつ、やっぱり一人で3キロは無茶だ……!」
俺が息を呑んで拳を握りしめた時、隣にいた萌真が、両手を口元に当ててメガホンのようにし、フロアに響き渡るような声を張り上げた。
「哲人くーん!!負けないで!!次のステージに行くって、約束したでしょーっ!!」
その甲高い声に、哲人の肩がビクッと大きく跳ねた。白目を剥きかけて限界を迎えていた彼が、ゆっくりとこちらを振り向く。俺たちの姿を認めた哲人の焦点の合っていなかった瞳に、再び強い闘志の炎がカッと宿ったのが見えた。
俺も負けじと、腹の底から声を振り絞る。
「いけぇ哲人!!お前ならいける!!お前の男の意地、ここで見せてみろ!!」
「……おおおおおぉぉぉぉっ!!」
俺たちの熱い声援に応えるように、哲人は獣のような雄叫びを上げ、残りの焼きそばパンの塊を両手でわし掴みにすると、一気に口の中へと押し込んだ。
喉を詰まらせそうになりながらも必死に咀嚼し、飲み込み、そして――空になった巨大なプラスチック容器を、力強く机に叩きつけた。
『ピピピピッ、ピピピピッ!』
制限時間終了のタイマーが鳴り響くのと同時に、司会者のマイクを通した興奮した声がフロアにこだました。
「か、完食だぁぁぁーーっ!!見事、3キロのメガ盛り焼きそばパン、制限時間ギリギリで完全制覇です!!」
「やったぁぁぁっ!!哲人くんすごい!!」
「おっしゃあああ!!よくやった哲人!!」
俺と萌真は手を取り合って飛び跳ね、喜びを爆発させた。モールの見物客たちからも、「おおっ!」「すげぇ根性だ!」「若者あっぱれ!」と割れんばかりの拍手と大歓声が巻き起こり、フロア全体がお祭り騒ぎのような一体感に包まれた。
汗だくで机に突っ伏した哲人は、ぜぇぜぇと肩で荒い息を吐きながらも、ゆっくりと顔を上げ、俺たちの方を見て満足げに右手の親指をグッと立ててみせた。
「へへっ……見たかよ……俺も、次のステージへ到達したぜ……」
一万円をかけてぶっ倒れかけるという、命を懸けた挑戦に全力を注ぐ友人の姿に、俺たちは呆れながらも、最高の笑顔で惜しみない拍手を送り続けたのだった。




