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第38話 一線

【萌真視点】


 瑛は私の抗議を甘い吐息で塞ぐと、そのまま首筋から耳の下、そして耳たぶへと、執拗にキスを連発し始めた。

 はむっ、と耳たぶを甘噛みされ、ビクンッと背筋が跳ね上がる。

 彼の熱い吐息が耳の穴を直接くすぐり、私の口からは自分でも制御できないような、甘く、だらしない声が漏れ出し続けた。


「んんっ……あ、瑛……っ、もう、無理……っ」

「……」

「おかしく、なっちゃう……っ、実験、おしまいにしてぇ……っ」


 顔が沸騰しそうなほど熱い。

 心拍数はとっくに限界を突破して、これ以上ドキドキしたら本当に心臓が破裂してしまう。

 シーツを握りしめる私の手から力が抜け、腰の奥がじんわりと痺れるような感覚に襲われた。

 もう、抵抗なんてできない。瑛がこのまま、私を最後まで『実験』するつもりなら、私はそれを受け入れてしまうだろう。

 目をギュッと閉じ、彼がさらに深い場所へと踏み込んでくるのを待った――。


 ――まさにその時だった。


「……ぷっ」


 耳元で、小さな吹き出し笑いが聞こえた。


「え……?」


 私が恐る恐る薄目を開けると、先ほどまで私の首筋に顔を埋めていた瑛が、少し身体を起こして私を見下ろしていた。

 その切れ長の瞳からは、宇宙人の無機質さも、捕食者のような冷たい熱も消え去っている。

 代わりに浮かんでいたのは、いつもの面倒見の良い幼馴染の、少しだけ意地悪で、でもひどく優しい笑顔だった。


「……実験結果」


 瑛は私の前髪を指先でそっと梳きながら、クスクスと笑いを含んだ声で宣言した。


「萌真は、俺に触られるとすぐドキドキする」

「……っっっ!!」


 カァァァァッ!と、私の顔面が今日一番の熱を持って燃え上がった。


「え、瑛のバカーーーッ!!」


 私はシーツから両手を離し、彼のがっしりとした胸板をポカポカと叩き始めた。


「また私をからかったのね!宇宙人とか言って、結局ただのセクハラじゃない!私の純情を返してよぉ!」

「痛てて、悪かったって!お前があんまり無防備な格好で油断してるから、どこまで行けるか試したんだ」


 瑛は笑いながら私の両手首をふわりと掴み、その動きを止めた。


「試すってなによ!私、本当に心臓止まるかと思ったんだからね!」

「わかってる。俺の心臓も、結構ヤバかったからな」

「え……?」


 瑛の言葉に、私は動きを止めた。

 彼の手首に触れている私の指先から、確かに彼の速い脈拍が伝わってくる。瑛だって、余裕ぶっていただけで、本当は私と同じくらいドキドキしていたのだ。


 瑛は私の手首を離すと、今度は私の火照った頬を両手で優しく包み込んだ。

 そして、真剣な、でもどこか照れくさそうな瞳で私を真っ直ぐに見つめた。


「……一緒に卒業しような」


 唐突な言葉に、私は目を丸くした。


「卒業って……高校を?」

「ああ。高校の卒業もそうだけど……お互い、中途半端な子供のままじゃなくて、ちゃんと大人への階段を上ってからの話だ」


 瑛は私の頬を親指でそっと撫でながら、静かに、けれどはっきりとした口調で続けた。


「俺だって男だから、お前がこんな格好で隣にいれば、理性が飛びそうになる。本当は今すぐ、最後まで……って思わなくもない」

「瑛……」

「でも、大事にしたいんだ。お前のこと」


 その言葉が、すとんと胸の奥に落ちてきた。


「勢いだけで一線を越えて、お前を不安にさせたくない。俺たちは色々とすれ違って、ようやくこうして素直になれたんだ。だから……高校を卒業するまでは、俺の欲望はきっちり抑え込む。今日みたいな一線は超えないって、ここで約束するよ」


 瑛の真っ直ぐな宣言。

 それは、彼がどれだけ私のことを大切に想い、私たちの未来を真剣に考えてくれているかの証だった。

 私は、じんわりと視界が滲んでくるのを感じた。


「……瑛」

「なんだよ、不満か?」

「ううん……」


 私は首を横に振り、瑛の手のひらに自分の顔をすり寄せた。


「ありがとう。瑛が私のこと、そんなに大事に思ってくれてるってわかって……すっごく、嬉しい」


 心のどこかで、今日一線を越えてもいいと覚悟していた自分もいた。だから、瑛がここで止まったことに対して、ほんの少しだけ……本当にミリ単位の「残念だな」という気持ちがないわけではなかった。

 でも、それ以上に。

 私のために理性を総動員してストッパーをかけ、誠実に言葉を紡いでくれるこの幼馴染のことが、たまらなく愛おしかった。


「だから……卒業するまで、待っててね」

「ああ。首を長くして待ってるよ。だから、それまでは……」


 瑛はニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、私の鼻先を指でピンッと弾いた。


「今日みたいな寸止めで、お前の可愛い反応をたっぷり楽しませてもらうからな」

「ひゃんっ!もー、やっぱり瑛はドSだぁ……っ!」


 私がプクッと頬を膨らませると、瑛は声を出して笑った。

 エアコンの冷気が循環する部屋の中。

 窓の外で鳴り響くセミの声は相変わらず暑苦しかったけれど、瑛の腕の中にいる私の心は、これ以上ないほどの安心感と幸福感で満たされていた。

 少しだけ残念な気持ちは、彼をもっと好きになるための、甘いスパイスに変わっていた。


 一緒に卒業する日を夢見て、私たちの騒がしくて甘い日常は、これからも続いていくのだ。

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