第36話 UFO
【萌真視点】
「あー……無理。外のセミの鳴き声聞いてるだけで、体感温度が五度くらい上がる気がする……」
本格的な夏休みへと突入した、八月のある日の午後。
私はエアコンの冷風が心地よく循環する相生瑛の自室で、ベッドの上にごろりと寝転がりながらだらしない声を上げていた。
あまりの猛暑に耐えかねた私は、涼しさを最優先して薄手のピンクのキャミソールにショートパンツという、かなりラフな格好をしていた。
いくら幼馴染とはいえ、普通の男の子の部屋でキャミソール一枚なんて無防備すぎるかもしれない。でも、私たちは晴れて恋人同士になったのだ。それに、瑛の前ならこれくらいリラックスしてもいいよね、という私なりの甘えの裏返しでもあった。
「お前なぁ、涼しい部屋にいるんだから贅沢言うなよ。それに、いくら暑いからってその格好はちょっと無防備すぎないか?」
瑛はベッドの縁に腰掛けながら、呆れたような声を出した。でも、その切れ長の瞳がチラチラと私のキャミソールの胸元や肩のラインを気にしているのを、私は見逃さなかった。
「えー?だって暑いんだもん。それに、瑛の部屋だからいいかなって。……もしかして、ドキドキしちゃってる?」
「ば、バカ言え。誰がお前なんかのキャミ姿でドキドキするかよ」
「瑛の嘘つきーw耳が真っ赤になってるんですけど~♪」
「うるさい。ほら、そんなことよりこれ見ろよ。お前がさっき見たいって言ってた動画、見つけたぞ」
瑛は照れ隠しのようにそっぽを向くと、自分のスマホの画面を私の方へ向けてきた。
私は「どれどれ?」と身体を起こし、瑛の隣にピタリとすり寄ってスマホの画面を覗き込んだ。肩と肩が触れ合う、ゼロ距離の密着感。瑛からほんのりと漂う制汗スプレーの爽やかな香りに、私の方が少しドキドキしてしまった。
「これ、本当にガチのやつ?UFOに連れ去られた人の体験談って」
「ああ、かなり再生数回ってる有名なやつらしい」
再生ボタンを押すと、おどろおどろしいBGMと共に、薄暗い部屋でインタビューに答える外国人男性の姿が映し出された。
『夜道を車で走っていたら、突然、上空から強烈な光に包まれたんだ。その後の記憶はぽっかりと抜け落ちていて……気がついたら、冷たい金属のベッドの上に寝かされていた。周りには、真っ黒で巨大な目をしたグレーの宇宙人が立っていて……』
男性の生々しい語り口と、再現CGの不気味さに、私は思わず「ひっ……」と息を呑んだ。
「ね、ねぇ瑛、これ怖すぎるよ!なんか、宇宙人の目がギョロってしてて、夢に出てきそう……!」
「お前がUFOの動画見たいって言い出したんだろ。ビビるなら見るのやめるか?」
「だ、ダメ!怖いけど、最後まで見届けないと逆に気になっちゃう!」
私は瑛の腕にギュッとしがみつきながら、恐る恐る画面を見つめ続けた。
動画の中では、宇宙人が地球人の身体を調べて謎の実験を行ったという話が続いていた。心臓がバクバクと音を立てる。霊感はないけど、オカルト系も実はけっこう苦手なのだ。
「うぅ……っ。宇宙人って、本当にいるのかな。夜中に突然窓の外から光が差してきたりしたらどうしよう……」
「お前は想像力が豊かすぎるんだよ。こんなの、どうせ再生数稼ぎのフェイク動画だろ。宇宙人がわざわざ掛古木市の片田舎にやってくるわけないだろ」
「そ、それはそうだけど……っ!あっ!そういえば!」
瑛の言葉に安堵しかけた私の脳裏に、不意にオカルト研究部部長である丹野根菜乃ちゃんの言葉が鮮明にフラッシュバックした。
「菜乃ちゃんが言ってた!『宇宙人はすでに掛古木市に潜伏している』って!」
「は?」
「『彼らは人間の姿に擬態して、すでに私たちの日常に溶け込んでいる。いつか人類を乗っ取るための実験を密かに進めているのよ』って、あのミステリアスな顔で断言してたもん!」
私はパニックになりながら、瑛の腕を激しく揺さぶった。
菜乃ちゃんの言葉は、いつもやけにリアルで説得力があるのだ。心中塚の悪霊騒動の時だって、彼女のオカルト知識には散々振り回された。
「もしかして、さっきスーパーですれ違ったおじさんも、実は宇宙人だったのかも!?私、いつの間にか狙われてるんじゃ……!」
「お前なぁ……」
瑛は深く、重いため息をついた。
「あいつのオカルトを本気で信じるなよ。宇宙人が掛古木市に潜伏してるわけがなって」
「でも!菜乃ちゃんが言うと本当っぽく聞こえるんだもん!もしかしたら、瑛の知り合いの中にも宇宙人が混ざってるかもしれないよ!?」
「はいはい、わかったわかった。宇宙人なんていないから安心しろ。ほら、もう動画消すから」
瑛は呆れ顔でスマホの画面をタップし、画面を暗くした。
私は「うぅ……」と小さく唸りながら、まだ心臓のドキドキが収まらず、瑛の腕を抱きしめたまま離れられずにいた。
「瑛、今日帰る時、暗くなったら家まで送ってね。UFOにさらわれたら困るから」
「隣の家だろうが。徒歩十秒でどうやってさらわれるんだよ」
「十秒の隙を突かれるかもしれないじゃない!お願い、手ぇ繋いでてね」
私が上目遣いで甘えると、瑛は「しょうがねぇな」と苦笑した。
やっぱり瑛は優しい。いつもの面倒見の良い幼馴染の顔に、私はホッと安堵の息を吐き出した。
――しかし、次の瞬間だった。
「……ん?」
瑛の表情から、ふっと呆れ顔の温かさが消え去った。
その切れ長の瞳が、急にガラス玉のように無機質で、感情の一切読み取れない冷たいものへと変貌したのだ。




