第35話 数珠拘束
【瑛視点】
「ひゃうっ……」
敏感な肌をなぞられ、萌真の口から甘い吐息が漏れた。
ゆるい拘束状態のまま、俺の愛撫に抗うこともできず、ただ涙目で俺を見つめ返してくる。その完全に無防備で従順な姿は、俺の中のサディスティックな独占欲をこれ以上ないほどに満たしてくれた。
「……お前の駄々魔の悪霊、かなり手強いみたいだな。もっと強力な除霊が必要だ」
俺はそう囁くと、彼女の首筋に向かって、フッと熱い息を吹きかけた。
「んぁっ……!?ちょ、え、瑛ぇ……っ」
ゾクッと背筋を震わせ、萌真がシーツをギュッと握りしめる。
俺は彼女の反応を味わうように、今度はその首筋にチュッと音を立ててキスを落とした。
鎖骨、首筋、耳たぶ。
少しずつ場所を変えながら、執拗に甘いキスを繰り返す。その度に、萌真の身体がビクンビクンと小さく跳ね、俺の名前を呼ぶ声が甘く掠れていった。
「あ、ぁ……っ、もう、無理……っ、瑛……」
「何が無理なんだ?まだ悪霊は完全に抜けてないぞ」
「抜けた……っ、もう完全に成仏したからぁ……っ」
涙目になって懇願してくる萌真。
俺は彼女の顔を覗き込み、意地悪な笑みを引っ込めて、今度は本気で愛おしそうに微笑んだ。
もう十分だ。彼女は完全に骨抜きにされ、甘く『除霊』され尽くしている。
「そうか。じゃあ、これが最後の仕上げだ」
俺はそう言って、彼女の震える唇に、自分の唇を優しく重ね合わせた。
先ほどまでの意地悪なキスとは違う、深く、甘く溶け合うようなキス。萌真も目を閉じ、拘束されたままの両手を不器用に動かして、俺の背中に回そうとしてくれた。
部屋には、二人の荒い呼吸と、微かな水音だけが響いている。
最高に甘くて、濃密な時間。
俺たちは互いの熱を確かめ合うように、さらに深く舌を絡ませようとした――まさに、その絶頂の瞬間だった。
『ガチャガチャガチャッ!』
突然、部屋のドアノブが激しく回される音が響いた。
「「……っ!!?」」
俺と萌真は、唇を重ね合わせたまま完全にフリーズした。
内鍵をかけていたため、ドアは開かない。しかし、外にいる人物はすぐに事態を察知したらしい。
「あれ?鍵かかってる」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、萌真の妹、眞美の冷ややかな声だった。
背筋に氷を押し当てられたような悪寒が走る。
次の瞬間。
「ママ――!!お姉ちゃんと瑛くんが鍵かけてるー!!」
一階にまで響き渡るような、とてつもない大声で、眞美が叫んだのだ。
「ひゃああああああああっ!?」
萌真が悲鳴を上げ、バネが弾けたような勢いで俺の胸から飛び退いた。
その際、彼女の両手首を拘束していた数珠は、スポッと何の抵抗もなく抜け落ち、ベッドの下へと転がっていった(やっぱり、いつでも抜け出せたじゃないか)。
「ま、待って眞美!違うの、これは誤解!今開けるから!」
萌真は顔を真っ赤にしてパニックになりながら、ベッドから転がり落ちるようにしてドアへと駆け寄った。
俺も慌てて立ち上がり、乱れた服の裾を猛スピードで直す。
ガチャッ、と萌真が内鍵を開け、勢いよくドアを引いた。
「ハァ、ハァ……っ!ま、眞美!今のはその、服を整理していたら、不意にカギに当たっちゃって……!」
息も絶え絶えに、苦しすぎる言い訳を並べ立てる萌真。
ドアの前に立っていた眞美は、片手に読みかけのミステリー小説を持ったまま、冷めきった目で姉を見下ろした。
そして、部屋の奥で直立不動になっている俺と、ベッドの上に乱れたシーツをチラリと一瞥し、ふぅと小さく息を吐いた。
「……そういえば、ママ買い物に行ってたんだった」
一切の感情を排した、平坦な声だった。
「…………えっ?」
萌真が間の抜けた声を漏らす。
俺の頭の中で、事態が急速に理解されていった。
この子……母親が家にいないことを知っていながら、わざとあんな大声で叫んで、俺たちをパニックに陥れたのか!
中学生にしてこの冷徹な計算と、悪魔のようなタイミング。さすがは、萌真の嘘を0.1秒で見破るリアリストだ。
「鍵なんてかけて、コソコソ何やってるのかと思ったら……。本当にバカップルなんだから。夕飯の時間までには、ちゃんと整理終わらせて下に降りてきなよ」
眞美は呆れたように肩をすくめると、くるりと背を向けて、自分の部屋へと戻っていった。
後に残されたのは、開け放たれたドアと、魂が抜けたように立ち尽くす萌真。そして、冷や汗が止まらない俺。
「……あー」
「……うぅ」
萌真は膝から崩れ落ち、床にへたり込んで両手で顔を覆った。
「私のバカーッ……!眞美に完全に遊ばれてるぅ……っ!」
「……あいつ、末恐ろしい中学生だな……」
俺はベッドの下に転がった数珠を拾い上げながら、深々とため息をついた。
サディスティックな独占欲を満たして彼女を完全に支配したつもりだったが、結局のところ、俺たち二人は眞美の掌の上で転がされているだけなのかもしれない。
「瑛のせいだからね!こんなゆるゆるの数珠で縛ったりするから!」
「お前、いつでも抜け出せたのに大人しく縛られてたくせに」
「うぅっ……!言わないでよぉ!」
真っ赤な顔でポカポカと俺の足を叩いてくる萌真。
相変わらず誰かに邪魔されてはドタバタになる不器用な俺たちだが、こんな騒がしい日常も、悪くない。
俺は苦笑しながら、床にへたり込む彼女の頭を優しく撫でた。




