第34話 駄々っ子魔
【瑛視点】
「あのさぁ、萌真に新しい悪霊が憑りついたかもしれないから、一旦縛らせてもらうぞ」
俺が冗談交じりにそう告げると、萌真は「は?」と素っ頓狂な声を上げた。
「な、何バカなこと言ってるの。いつからそんなに霊感強くなったのよ!」
「俺には見えるんだよ。お前のその素直じゃない態度、完全に駄々っ子の悪霊が憑いてる」
「駄々言ってないし!今クローゼットの整理してただけでしょ!」
抗議する萌真をよそに、俺はズンズンと距離を詰めた。
そして、逃げようとした彼女の右手をガシッと掴む。
「あわっ!ちょ、瑛!」
「大人しくしろよ。除霊の儀式を開始する」
俺は彼女の細い右手首に、大きな数珠の輪を二重にくぐらせた。
そして、空いている左手も強引に引き寄せ、同じように数珠の輪の中に通す。
玉が大きいせいもあって、両手首をまとめた数珠の拘束は、少し引っ張ればすぐに解けるようなゆるゆるの状態だった。
「えぇ……何これ、ゆるゆるじゃん。こんなのすぐ解けるよ」
萌真は呆れたように言いながら、両手を広げて数珠を外そうとした。
だが、俺は彼女がそうするよりも早く、数珠でまとめられた両手首ごと、自分の大きな片手でガッチリと包み込むようにしてホールドした。
「えっ……?」
予想外の力強さに、萌真がビクッと肩を震わせる。
物理的な拘束力はなくても、俺がこうして手首を押さえ込んでしまえば、彼女の細い腕の力では決して逃げられない。
先ほどの哲人の言葉通り、両手を封じられた彼女は、俺の前に完全に無防備な姿を晒すことになった。
「すぐ解けるって?なら、解いてみろよ」
「うっ……!い、イジワル……離してよ、瑛」
俺は手首を掴んだまま、ジリジリと一歩ずつ前へ進んだ。
萌真は恥ずかしがって抵抗しようと身をよじるが、両手が使えないため、後ずさりすることしかできない。
俺の熱を帯びた視線に射抜かれ、彼女の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
「ちょ、ちょっと、待って……!瑛、なんか今日の目、すごく怖いんだけど……!」
「怖くないさ。ただ、お前が愛おしくてたまらないだけだ。じゃなかった、除霊したくてたまらないんだ」
俺はそのまま萌真を追い詰め、彼女の膝の裏がベッドの縁にぶつかった瞬間――。
「ひゃうっ!」
俺は掴んでいた手首を引き寄せ、彼女の身体をそのままベッドへと押し倒した。
ドサッ、とシーツが沈み込む鈍い音が、静かな部屋に響いた。
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ドサッ、とシーツが沈み込む鈍い音が、静かな部屋に響いた。
仰向けに倒れ込んだ桃芽萌真は、目を丸くして俺を見上げている。
俺は彼女の上に馬乗りになるようにして覆い被さり、数珠でまとめられた彼女の両手首を、頭の上へと押し付けた。
「え、え、瑛……っ?ちょ、ちょっとストップ!本気で顔近いってば!」
「ストップは聞かないって言っただろ。これは厳粛な除霊の儀式だからな」
俺は口角を上げ、わざと彼女の顔のすぐ近くまで自分の顔を寄せた。
エアコンの冷気が効いているはずの部屋なのに、俺たちの間だけは異常に熱を帯びている。萌真のぱっちりとした大きな瞳が激しく揺れ、顔が耳の先まで真っ赤に染まっていくのがわかった。
「……あのさ、萌真」
「な、なに……?」
「こういう時、お前が心中塚で言ってたセリフ、ぴったりだと思わないか?」
俺は、彼女の耳元に唇が触れそうなほどの距離で、演劇部仕込みの低く響く声で囁いた。
「『逃げ場はないぜ』」
その瞬間、萌真の身体がビクッと大きく跳ねた。
あの夜、俺に悪霊のフリをして迫ろうとした彼女が、カンペを読み間違えながら墓ドンをして放った、渾身の黒歴史セリフだ。
「~~~~っっっ!!」
萌真は声にならない悲鳴を上げ、顔から火が出るんじゃないかというほど茹で上がった。
完全に羞恥心の限界を突破したらしい。
「わーーっ!ストップ!ストップ!!そのセリフはもう一生言わないでって言ったじゃん!忘れてよぉ!」
「忘れるわけないだろ。お前が俺に迫ってきた、記念すべき愛の言葉なんだから」
「愛の言葉じゃないもん!あああ、もう、意地悪しないでよ……っ!」
身悶えしてベッドの上でジタバタと暴れる萌真。
だが、その抵抗はどこか弱々しかった。
彼女の両手首を拘束している大きな玉の数珠は、少し手首を捻れば簡単に抜け出せるほどのゆるさだ。本気で逃げようと思えば、いつでも逃げられるはずだった。
それでも彼女が手首を抜こうとしないのは、自分の黒歴史を引用された極度の恥ずかしさと、今の逃げ場のない甘い雰囲気を自分でも楽しんでいるからに違いない。
「ほら、暴れると数珠が擦れて痛いぞ。大人しくされるがままになってろ」
「うぅ……瑛のイジワル……っ、悪魔、ドS……」
「ほぅら、駄々が出た。悪霊に憑りつかれてるお前に言われたくないな」
俺はクスクスと笑いながら、頭の上でホールドしていた彼女の手首から片手を離した。
そして、空いた手で彼女の頬を優しく撫で、そのまま首筋へと指を滑らせる。




