第33話 除霊グッズ再び
【瑛視点】
数日前のことだ。
県立苔柿高等学校の昼休み、俺とサッカー部副部長の舘哲人は、廊下の窓枠に寄りかかりながら、ぼんやりと外を眺めていた。
初夏の日差しがアスファルトをじりじりと焦がす中、遠くからけたたましいサイレンの音が近づいてきた。
「ん?なんだなんだ、事件か?」
哲人が身を乗り出して窓の下を覗き込む。
見ると、学校の裏手にある細い路地に、一台のパトカーが赤色灯を回しながら急停車したところだった。中から二人の警官が飛び出し、一軒の民家へと駆け込んでいく。
「パトカーじゃん。空き巣でも出たのか?」
「かもな。この辺、古い家が多いから狙われやすいって親父が言ってたし」
俺と哲人が野次馬根性でそのまま見守っていると、数分後、家の中から警官たちが出てきた。その間には、ジャージ姿の男が挟まれるようにして歩かされている。
男の腕は背後に回され、その手首には銀色に光る手錠がしっかりと掛けられていた。
男はうつむいたまま抵抗する素振りも見せず、大人しくパトカーの後部座席に押し込まれていった。
「……捕まったな」
「ああ。完全に御用だ」
走り去るパトカーを見送った後、哲人はふぅと息を吐き、腕を組んで呟いた。
「ま、悪いことはできねぇってことだな。それにしても……両手縛られたら何もできないよな」
「……」
哲人の何気ないその一言が、なぜか俺の脳裏に深く引っかかった。
両手を縛られたら、何もできない。
抵抗も、逃げることも。ただ、相手のなすがままになるしかない。
その光景と、哲人の言葉が、俺の中の仄暗い独占欲と、ある『サディスティックな欲求』を静かに刺激していたのだった。
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そして、休日の午後。
俺は幼馴染であり、彼女になったばかりの桃芽萌真の部屋を訪れていた。
ピンク色を基調とした可愛らしい自室で、エアコンの冷風が心地よく循環している。俺はベッドを背もたれにして床のクッションに座り、のんびりとスマホをいじっていた。
今日の俺は白い半袖シャツに細身の黒いパンツという少しだけ大人びた格好で、萌真はマスタードイエローのキャミワンピースに白いTシャツを重ねた、動きやすくも可愛らしいスタイルだった。
「ねぇ瑛。ちょっとクローゼットの中整理するから、こっち見ないでよ?」
「はいはい。別に減るもんじゃないだろ」
「そういう問題じゃないの!女の子の聖域なんだから!」
萌真は顔を赤くしてプンプンと怒りながら、部屋の隅にあるクローゼットを開け、バタバタと服や小物を整理し始めた。
天真爛漫でお調子者な彼女だが、こういうところは妙に恥ずかしがり屋でピュアだ。
俺はスマホから視線を外し、彼女の背中をぼんやりと眺めていた。その時、彼女の勉強机の横に置かれた棚の奥に、見慣れない布袋が無造作に突っ込まれているのが目に入った。
「ん?なんだこれ」
俺は立ち上がり、萌真に気づかれないようにそっとその布袋を引っ張り出した。
中を開けてみると、ジャラリと鈍い音が鳴った。
出てきたのは、やたらと玉が大きくて怪しげな数珠や、赤い墨でミミズが這ったような文字が書かれた謎のお札だった。
(これ……中庭で、あいつが俺にぶつけてきた除霊グッズじゃねぇか)
思い出すだけで顔から火が出そうになる、伝説の『アラ塩ぶっかけ公開告白』。
オカルト研究部部長の丹野根菜乃から借りたという、あの胡散臭いアイテム一式だ。
俺は手の中でジャラジャラと数珠を弄りながら、ふと、数日前に学校の窓から見た光景と、哲人の言葉を思い出した。
『両手縛られたら何もできないよな』
……悪くない。
俺は手元の数珠を見つめ、密かに口角を上げた。
最近の俺は、ようやく恋人という関係になった反動で、萌真を自分だけのものにしておきたいという欲求にブレーキが効かなくなりつつある。
逃げ回る彼女を捕まえて、完全に言いなりにさせてみたい。そんな意地悪な欲求が、むくむくと湧き上がってきたのだ。
俺は数珠を片手に持ったまま、音を立てずに部屋のドアへと歩み寄った。
そして、ドアノブの上にある内鍵のサムターンに指をかけ――カチャリ、と小さな音を立てて、鍵を閉めた。
これで、誰にも邪魔されない。
俺は、獲物を狙う肉食獣のような気分で、クローゼットに向かっている萌真の背後へと静かに近づいた。
「よし、こんなもんかな。……って、瑛?何ニヤニヤしながらこっち見てるの?見ないでって言ったでしょ」
振り返った萌真が、俺の手元を見て目を丸くした。
「え、それって菜乃ちゃんの除霊グッズ……なんで引っ張り出してるの?」
「いや、お前の部屋の棚から見えたからさ」
俺は数珠を指に引っ掛け、ヒラヒラと揺らして見せた。
そして、わざと声のトーンを一段階低く落とし、演劇部で鍛えた特技である『憑依型演技』のスイッチをオンにした。




