第28話 テスト明けの帰り道
【瑛視点】
県立苔柿高等学校の古びた校舎に、期末テストの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
その瞬間、静まり返っていた教室から一斉に安堵の歓声とため息が漏れ出す。俺、相生瑛も、固まっていた肩を回しながら大きく伸びをした。
「終わったー……!ついに終わったー!」
昇降口に向かうと、下駄箱の前で待ち構えていた桃芽萌真が、明るい茶髪のハーフアップを揺らして大振りで手を振って来た。
「お疲れ、萌真。今回は歴史の年号、ちゃんと書けたのか?」
「ばっちりだよ!瑛先生のスパルタ除霊のおかげで、赤点は確実に回避したね!」
えへん、と胸を張る彼女の姿は、テストの重圧から解放されていつにも増して元気いっぱいだ。
俺たちがそんな他愛のない会話を交わしていると、背後からポン、と遠慮のない力で肩を叩かれた。
「おっ、テスト終わって早速夫婦で下校か?相変わらずアツいねぇ」
振り返ると、サッカー部副部長の舘哲人が、浅黒い肌に爽やかな笑顔を浮かべて立っていた。
「夫婦って言うな。……それより哲人、お前に言いたいことがあったんだ」
「ん?なんだよ、改まって」
「最近、俺たちが町を歩いてると、見知らぬおばちゃんたちからジロジロ見られるんだよ。昨日なんて、花魁桜どら焼きを買いに行ったら、和菓子屋のおばちゃんから『あんたが、アラ塩ぶっかけられて告白された相生くんだねぇ!』ってニヤニヤしながら声かけられたんだぞ」
俺がジロリと睨みつけると、哲人は「ぶっ!」と吹き出し、腹を抱えて笑い始めた。
「あははははっ!マジか!ついに商店街にまで伝説の『アラ塩ぶっかけ告白』が轟いたか!」
「笑い事じゃねぇよ!お前だろ、サッカー部の連中や地元の知り合いに面白おかしく吹聴して回ってるのは!」
「いやー、だってあんな全校生徒を巻き込んだド派手な愛の儀式、苔柿市の歴史として語り継がないと勿体ないだろ?メガ盛り焼きそばパン並みの名物だぜ?」
悪びれる様子もなくケラケラと笑う哲人に、俺は頭を抱えた。
中庭でのあの騒動から数週間。晴れて恋人同士になった俺たちだが、どうやらその馴れ初めは、哲人のおしゃべりのせいで苔柿高校の枠を飛び出し、ご近所ネットワークを通じて町中に知れ渡りつつあるらしい。
「ちょ、ちょっと哲人くん!恥ずかしいから本当にやめてよーっ!」
萌真が顔を真っ赤にして抗議する。
「いいじゃねぇか、お似合いなんだから。一足先に次のステージに行っちまったお前らを、俺は温かく見守ってやってるんだよ。じゃ、俺は部活あるから!仲良く帰れよー!」
哲人は手を振りながら、グラウンドの方へと駆けていった。
残された俺と萌真は、顔を見合わせて深々とため息をついた。
「はぁ……あいつのせいで、俺たちの高校生活の平穏は完全に終わったな」
「うぅ……私のバカバカ……。あんな派手に塩なんてまくから……」
「今さら落ち込むな。開き直っていくしかない」
俺は苦笑しながら、恥ずかしさでうつむく萌真の頭にポンと手を乗せた。
手と手が触れ合う距離。以前のように照れ隠しで逃げ出そうとはせず、萌真は少しだけ頬を赤くしながら、俺の隣を歩き出した。
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苔柿高校の正門を抜け、小夜嵐川の蔵通りへと出ると、真夏の容赦ない日差しが石畳を照りつけていた。
柳並木も暑さでぐったりとしているように見える。
「あー……暑い……溶ける……。ねぇ瑛、私もう歩けない。液体になっちゃう……」
萌真がフラフラとした足取りで、俺の制服の袖を引っ張ってきた。
「バカ、こんな日差しのど真ん中で止まるな。溶ける前に熱中症になるぞ。ほら、あそこの公園で少し休もう」
俺が指差したのは、川沿いにある人気のない小さな公園だった。大きな木が鬱蒼と茂っており、涼しげな木陰ができている。
俺たちは自販機で冷たいペットボトルのぶどうソーダを二本買うと、木陰のベンチに腰を下ろした。
「ぷはーっ、生き返るぅ……!」
冷たいぶどうソーダを喉に流し込み、萌真が幸せそうに息を吐く。
ベンチに並んで座る俺たちの距離は、ただの幼馴染だった頃よりも明らかに近く、自然と肩が触れ合っていた。
木漏れ日が落ちる彼女の横顔を見つめていると、不器用で意地っ張りだったこいつが、今はこうして俺の彼女として隣にいるという事実が、じんわりと胸を満たしていく。
だが、その愛おしさと同じくらい、俺の中の『徹底的にやり返す負けず嫌い』のスイッチと、彼女をからかいたくなるSっ気がむくむくと顔を出してきた。
先ほどの哲人の言葉が、頭の片隅に引っかかっていたのだ。




