第27話 猫じゃらし
【萌真視点】
「にゃ、にゃぁ……っ!」
床を這いつくばって右へ左へと翻弄された末、私は最後の力を振り絞って大きく跳躍し、床にヒラリと落ちたハンカチの端を両手でガシッと押さえ込んだ。
「はぁ、はぁ……っ!と、捕まえたにゃ!」
「おっ、やるな。さすがは猫霊、すばしっこい」
瑛はベッドの上から私を見下ろし、面白そうに目を細めて拍手をした。
私は肩で息をしながら、ベッドの上の瑛をキッと睨みつけた。
「にゃん!私をからかったにゃ!罰として、もっといっぱい甘やかしてもらうにゃ!」
私はハンカチを握りしめたまま立ち上がり、再びベッドによじ登って瑛の膝の上に陣取った。
いくらハンカチで遊ばれたとはいえ、今日の私の目的は『瑛に思いっきり甘えて、彼をデレデレにさせること』だ。ここで引き下がるわけにはいかない。
「にゃーん、すりすりだにゃ……」
私はめげずに瑛の胸元に頭を擦り付け、彼の制服の代わりに着ているTシャツの裾をぎゅっと握りしめた。
上目遣いで彼を見つめ、「可愛い猫ちゃんに降参するにゃ?」と無言のアピールを放つ。
すると、瑛の口元から「ふっ」と小さな笑い声が漏れた。
先ほどまで鼻血が出そうなほど動揺していたはずの彼の瞳から、いつの間にか焦りの色が消えている。
代わりに浮かんでいたのは、面倒見が良くて、かつ『一度火がつくと徹底的にやり返す負けず嫌い』な瑛の、本気モードのスイッチが入った不敵な笑みだった。
「……困った悪霊だな。成仏するまでずっと撫でてやるよ」
「えっ……にゃ?」
瑛がニヤリと笑った瞬間、事態は急転した。
彼の手が伸びてきたかと思うと、私の頭をポンと優しく包み込んだのだ。
「よしよし。いっぱい遊んで疲れたか?可愛い奴だな」
「にゃうっ……!?」
大きくて温かい手が、私の髪をゆっくりと梳くように撫で始めた。
その感触は、本物の猫を愛でるようにひどく優しくて、甘い。
頭を撫でられる心地よさと、至近距離から降ってくる瑛の低く艶やかな声に、私の背筋をゾクゾクッとしたものが駆け抜けた。
「瑛、くん……?」
「ほら、猫霊なんだろ?もっと甘えていいぞ」
瑛の手は頭からスライドし、今度は私の背中へと回された。
肩甲骨の間から腰のあたりまでを、ゆっくりと、手のひら全体で確かめるように撫で下ろされていく。
「ひゃんっ……!」
私はビクンと肩を跳ねさせ、思わず変な声を出してしまった。
普段の恥ずかしがり屋な私なら、こんな風に全身を優しく撫で回されるなんて、絶対に耐えられない。
でも、瑛は私が『猫霊のフリ』をしていることを盾にして、容赦なく反撃を続けてくるのだ。
「どうした?さっきまでの勢いは。もっと鳴いてみろよ」
「にゃ、にゃあ……っ、ちょ、ちょっと、ストップだにゃ……」
私が慌てて彼の胸を押し返そうとしたが、瑛のもう片方の手が私の首筋のあたりに触れた。
ぞわり、と。
敏感なうなじを指先で優しくなぞられ、私の腰から一瞬で力が抜けた。
「あ、ぅにゃ……っ」
「おや、ここが気持ちいいのか?素直な猫ちゃんで助かるよ」
耳元で囁かれる甘い言葉。
頭、背中、首筋と、瑛の大きくて優しい手が絶え間なく私を愛撫する。
私の方から仕掛けたはずなのに、いつの間にか完全に主導権を奪われ、瑛の手のひらの上で転がされている。
攻守が逆転し、私の顔はすでに沸騰しそうなほど真っ赤になっていた。
(だ、ダメ……っ、これ以上撫でられたら、頭がおかしくなっちゃう……!)
瑛をデレデレにさせるつもりが、私の方が完全に骨抜きにされている。
理性がドロドロに溶かされていく感覚に、私はついに『猫霊の演技』を維持することができなくなった。
「もう……だめぇ……」
「ん?どうした猫ちゃん。まだ成仏してないだろ?」
「猫じゃないもん……萌真だもん……っ」
完全に照れの限界を迎えた私は、瑛の胸元に顔を深く埋めた。
もう、瑛の顔をまともに見ることができない。恥ずかしすぎて、これ以上彼に触れられたら心臓が破裂してしまう。
「もう……成仏するぅ……」
私は消え入りそうな声でそう呟き、瑛のTシャツをぎゅっと握りしめたまま、完全に動けなくなってしまった。
「ははっ、そうか。無事に成仏できたみたいでよかったよ」
瑛の胸の奥から、くすくすと笑う振動が伝わってくる。
彼は私が完全に照れて限界を迎えたことを悟ると、それ以上の意地悪はせず、背中に回していた腕で私をギュッと強く抱きしめ直してくれた。
「お疲れ様、じゃなくてお帰り、可愛かったぞ、萌真」
「……瑛の、バカ。意地悪……」
「お前が仕掛けてきたんだろ。俺は要望通りに甘やかしてやっただけだ」
頭の上から降ってくる優しい声に、私は顔を埋めたまま、小さく「むぅ」と唸った。
やっぱり、瑛には敵わない。
負けず嫌いで、ちょっと意地悪で、でも誰よりも私の扱い方をわかっている大好きな彼氏。
悔しいけれど、こうして彼の胸の中で優しく抱きしめられている時間は、どんな言い訳も必要ないくらい、最高に幸せだった。




