第25話 凍りつく部屋
「お姉ちゃん、お母さんがスイカ切ったから持ってきたよー。……って」
冷房の効いた部屋に、氷点下のような冷たい声が響き渡った。
俺と萌真は、ベッドの上で抱き合い、唇を重ねる寸前という最悪の体勢のまま、完全にフリーズした。
ドアの前に立っていたのは、トレイに乗せたスイカと麦茶を持った、萌真の妹・眞美だった。
黒髪のショートボブを揺らし、その知的な目つきが、ベッドの上でみだらに絡み合う俺たちをジロリと見下ろしている。
「……っ!!」
「うおっ!?」
コンマ数秒の硬直の後、萌真が弾かれたように俺の胸から飛び退いた。
俺も慌ててベッドから転がり落ちるようにして立ち上がり、服の乱れを直す。
「ま、眞美!?こ、これは違うの!違うのよ!瑛が急に悪霊の除霊をするとか言い出して!」
「そ、そうだぞ眞美!萌真にサボり魔の悪霊が憑いてたから、俺が気合いを入れてだな!」
パニックに陥った俺たちは、口を揃えて意味不明な言い訳を並べ立てた。
しかし、中学生ながら極めて現実主義で辛口な眞美には、そんな茶番が通用するはずもなかった。
眞美はトレイを持ったまま、呆れ果てたように深く、長いため息をついた。
「……あのさぁ」
その声の冷たさに、俺と萌真は思わず背筋を伸ばして直立不動になる。
「テスト勉強するって言って部屋にこもったと思ったら、ベッドの上で何やってるの。発情期のおサルさんじゃないんだから」
「は、発情期……っ!」
「それに、悪霊の除霊って何。付き合い始めたのはわかるけど、家の中でまでそんな痛い設定でイチャつくの、やめてくれない?」
ぐうの音も出ない正論の連打。
俺と萌真の顔面は、今度こそ恥ずかしさで爆発しそうなくらい真っ赤に茹で上がっていた。
眞美は俺たちを冷ややかな目で見据えたまま、トレイを勉強机の端にガチャンと置いた。
「……ここ、私の部屋の隣なんだからね。壁越しに気持ち悪い声聞こえてきたら、普通に警察通報するからね」
「け、警察……!?ま、眞美、何もそこまで!」
「まったく、仲良しすぎるのも問題ね。……はぁ、本当にバカップルなんだから」
眞美は呆れたように肩をすくめると、「スイカでも食べて、頭冷やしてよね」と言い捨てて、くるりと背を向けた。
そして、バタンッ!と、少し強めにドアを閉めて部屋を出て行った。
後に残されたのは、冷房の効いた部屋と、顔を真っ赤にして立ち尽くす俺たち二人。
部屋の中には、気まずすぎる沈黙が降りていた。
「……あー」
「……うぅ」
俺が頭を掻きむしり、萌真が両手で顔を覆ってベッドにへたり込む。
完全に現行犯逮捕だった。彼女の言う通り、俺たちは完全に浮かれていたのだ。
恋人同士になった途端、これまでの反動でブレーキが壊れてしまっている。
「……瑛の、バカ」
指の隙間から、萌真が涙目で俺を睨みつけてきた。
その声には怒りよりも、極度の羞恥がこもっている。
「悪かったって……。でも、お前があんなに可愛い反応するから、ついやりすぎた」
「私のせいにしないでよぉ……。ああもう、眞美に絶対変な目で見られる……明日からどんな顔して妹に会えばいいの……」
ベッドの上でゴロゴロと転がりながら悶絶する萌真。
その姿は、さっきまでの色香に当てられた様子とは打って変わって、いつもの騒がしい幼馴染に戻っていた。
でも、その耳元がまだ真っ赤に染まっているのを見て、俺は思わず吹き出してしまった。
「笑い事じゃないもん!」
「悪い悪い。……ほら、せっかく眞美が持ってきてくれたんだ。スイカ食おうぜ。糖分補給して、テスト勉強の続きだ」
俺が手を差し伸べると、萌真は「むぅ」と唇を尖らせながらも、その手をしっかりと握り返してきた。
「次は、絶対に5分で休憩終わりにするからね」
「本当か?もしまたサボり魔の悪霊が出たら、すぐに除霊するからな」
「もう除霊は禁止ーっ!ってかそんな霊はいないし、憑りつかれてなんかない!」
夏休みの足音が近づく、蝉時雨の午後。
冷たいスイカを頬張りながら、俺たちは他愛もない言い合いを再開した。
以前と変わらないようで、でも確実に甘さを増した俺たちの関係は、こうして賑やかに、そして少しだけ恥ずかしく続いていくのだった。




