第22話 敗北宣言
【利良流ララ視点】
『うおおおおおおおおっ!!』
『キース!キース!キース!』
中庭を包み込む、地鳴りのような大歓声。
数百人の全校生徒が見守るその中心で、相生瑛先輩と、桃芽萌真先輩の唇が重なった。
私は渡り廊下の柱の陰に身を隠しながら、その一部始終をじっと見つめていた。
(……あーあ。完全に負けちゃった)
私は小さくため息をつき、ゆるふわに巻いたツインテールの毛先を指でくるくると弄った。
中学時代に女子からハブられた経験をバネにして、私は「全方位に愛される小悪魔キャラ」を徹底的に磨き上げてきた。
完璧に計算されたメイク。タイミングを図った上目遣い。相手の心を揺さぶる甘い声。
自分の武器には絶対の自信があったし、瑛先輩も私のペースに巻き込めると思っていた。
でも、ダメだった。
全校生徒の前で、大量の荒塩をぶちまけて「好き」と絶叫する萌真先輩。そして、自分の手鏡を叩き割ってまで瑛先輩を救おうとした、あの狂気じみた純情。
あんな、計算も何もない、ただひたすらに真っ直ぐで不器用な『ガチの愛』を見せつけられては、私の小手先のあざとさなんて太刀打ちできるはずがなかった。
今や、全校生徒の注目は完全にあの幼馴染カップルに集まっている。
祝福の拍手と歓声が鳴り響く中、私のあざとさは完全に霞んでしまい、見事なまでの撃沈だった。
「……悔しいけど、完敗ですね」
私はぽつりと呟き、リップを塗り直すために手鏡を取り出した。
鏡の中の自分に向かって、とびきり可愛いウインクを一つ落とす。
「もうっ!バカップルの相手なんてやってられません!」
私はぷんぷんと頬を膨らませて、踵を返し、歓声の渦から去った。
欲しいものは奪いに行くのが私の主義だけど、あんなに強い絆を見せつけられたら、潔く身を引くしかない。
次こそは、私だけを見てくれる最高の彼を見つけてやるんだから。
+++
【瑛視点】
鳴り止まない歓声と拍手の中、俺と萌真はゆっくりと唇を離した。
萌真は顔から火が出そうなほど真っ赤になり、恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、俺の胸にギュッと顔を埋めてしまう。
「ヒュー!やったな瑛!」
ベンチから飛び降りてきた舘哲人が、バシッと遠慮のない力で俺の背中を叩いた。
「やっぱりお前らはお似合いだぜ。これでようやく、俺も安心して見守れるってわけだ」
「……お前なぁ。散々野次飛ばして煽りやがって、後で覚えとけよ」
悪態をつきながらも、俺の口角は自然と緩んでしまっていた。
「素晴らしいわ、桃芽さん」
ふと、群衆の中から独特のミステリアスな空気を纏った女子生徒が進み出てきた。オカルト研究部部長の丹野根菜乃だ。
彼女は怪しげな数珠をジャラジャラと鳴らしながら、満足げに深く頷いている。
「究極の愛の力で、見事に悪霊を祓ったのね。二人の魂の共鳴、確かにこの目に焼き付けたわ」
「いや、だから最初から悪霊なんて憑いてねえから!」
俺が慌ててツッコミを入れると、胸の中にいた萌真が「えっ?憑いてたよね?」と不思議そうに顔を上げた。
「あれは俺の演技だ!お前、さっきは『演技だって知ってた』って言っただろ!」
「うっそーんw実は最初ガチで信じてた~♪」
「お前……どこまでが嘘でどこからが本当なんだよ!」
またしても始まった俺たちの他愛のない口論に、周囲の生徒たちからドッと温かい笑い声が湧き上がった。
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放課後。
俺と萌真は、夕暮れに染まる小夜嵐川の蔵通りを並んで歩いていた。
柳並木が風に揺れ、白壁の土蔵が石畳に長い影を落としている。
いつもと違うのは、俺たちの右手が、指を絡め合う『恋人繋ぎ』でしっかりと結ばれていることだ。
「……ねぇ、瑛」
「ん?」
「全校生徒の前でキスしちゃったから、明日から学校行くの、すっごく恥ずかしいんだけど」
「今さら遅いだろ。お前が中庭の中心で愛を叫んだのが始まりなんだからな。腹括れよ」
「うぅ……私のバカバカ……」
空いている方の手で自分の顔を覆い、身悶えする萌真。
その姿がおかしくて、俺は思わず吹き出してしまった。
やがて紅葉坂を上りきり、俺たちの家の前にたどり着いた時のことだ。
「……おかえり。お姉ちゃん」
萌真の家の門扉の前で、人影があった。
黒髪のショートボブを揺らした、萌真の妹の眞美だった。
帰りがちょうど重なったようだ。彼女の冷ややかな視線が、俺たちの繋がれた手にピタリと止まる。
「あ、ま、眞美!これはね、その、悪霊退散の儀式とかいろいろあって……!」
萌真が慌てて言い訳をしようとするが、眞美は呆れたように大きなため息をついた。
「何を言っているのかよくわからないけど、結局いつものバカみたいな茶番ってことでいい?」
「ち、違うもん!今日は茶番じゃなくて、ガチのやつだもん!」
「はいはい。ってか、その繋いだ手を見るに、ようやく結ばれたようね。お姉ちゃん、おめでとう。よく最後まで逃げずに頑張ったね」
眞美の辛口な言葉に、萌真は「うぐっ」と喉を詰まらせた。
しかし、眞美はそのまま俺の方へと向き直り、深く頭を下げた。
「瑛くん。世話の焼けるお姉ちゃんだけど、これからも見捨てないであげてね」
「見捨てるわけないだろ。俺にとっても、こいつは特別だからな」
俺がそう答えると、眞美はほんの一瞬だけ、年相応の柔らかい笑顔を見せた。
「……まあ、よかったね。お姉ちゃん」
そう言い残し、眞美は家の中へと入っていった。
「もうっ!眞美ったら、素直じゃないんだから!」
ぷりぷりと怒りながらも、萌真の顔はとても嬉しそうだった。
夕焼け空の下、俺たちはもう一度、繋いだ手にギュッと力を込めた。
嘘告から始まり、悪霊のフリをしてすれ違った俺たちの不器用な恋は、こうしてようやく、ただの幼馴染というステージから卒業したのだった。




