第20話 100個の絶叫
【萌真視点】
「まだまだいくわよ!第13位!……一緒に映画見てる時、感動して密かに泣いてるところ!」
私の絶叫が、初夏の青空が広がる中庭にこだました。
数百人の全校生徒がぐるりと私たちを取り囲み、完全なお祭り騒ぎになっている。最初はドン引きしていた生徒たちも、今ではニヤニヤしながら手拍子を叩き、私の除霊を見守るギャラリーと化していた。
『おいおい、そんな可愛い一面があったのかよ瑛!もっとバラしてやれ桃芽!』
「第14位!……私がドジ踏んだ時、文句言いながらも最後まで手伝ってくれるところ!」
『ヒュー!彼氏、優しすぎー!』
『頑張れー!愛の力で悪霊を追い出せー!』
ベンチに座ったままのサッカー部副部長、舘哲人くんが悪ノリ全開で煽り、周囲の生徒たちも面白半分で野次を飛ばしてくる。
顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
全校生徒の前で、幼馴染の好きなところを大声で叫ぶなんて、公開処刑以外の何物でもない。
でも、ここでやめるわけにはいかない。
瑛の身体を乗っ取った『花魁の怨念』を祓うには、私の愛の力を魂にぶつけるしかないのだから!
「第15位!……不器用だけど、本当は誰よりも私のことを考えてくれているところ!」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、私は大量の荒塩まみれになってベンチに座る瑛の姿を睨みつけた。
悪霊に憑りつかれている瑛は、顔や制服に塩を被ったまま、うつむいて微動だにしない。
(……まだダメなの!?これだけ想いを叫んでも、夕顔の怨念は消えないの!?)
私は首から下げたオカルト研究部特製の数珠をギュッと握りしめ、次の一撃を放つべく、大きく息を吸い込んだ。
「第16位!……無、無防備な寝顔っ!!」
叫んだ瞬間、私の羞恥心は完全に限界を突破した。
もうダメだ。キャパオーバーだ。頭から湯気が出そう。
息も絶え絶えになりながら、私は瑛の反応を窺った。
これでダメなら、次は一体何を言えばいいの?瑛、お願いだから正気に戻って!
そう祈るような気持ちでうつむく瑛の顔を覗き込んだ、その時だった。
「……え?」
私の目は、ある『違和感』を正確に捉えていた。
うつむいている瑛の肩が、微かに、本当に微かに小刻みに震えている。
そして、前髪の影に隠れた彼の口角が――ピクピクと痙攣したかと思うと、ニヤリと吊り上がったのだ。
(……え?今、笑った?)
一瞬、思考が停止した。
花魁の悪霊が、私の告白を聞いて笑う?
いや、違う。あのニヤつき方は、私がいつもくだらない嘘をついて自爆した時に、瑛が見せる『呆れながらも面白がっている』時の顔だ。
妹の眞美の言葉が脳裏をよぎる。
『お姉ちゃんの嘘なんて、0.1秒で見破れるけど』
そう、家族や幼馴染なら、相手の些細な表情の変化で本心がわかってしまうのだ。
私は瑛の幼馴染だ。彼が本当に悪霊に苦しんでいるのか、それとも『演技』をしているのか、今、全てを理解した。
(あいつ……正気だ!悪霊になんて、取り憑かれてない!)
カッと頭に血が上った。
昨夜の心中塚で、一時的に悪霊のフリをしただけだったのだ。
私の勘違いを利用して、全校生徒の前で『好きなところ』を叫ばせるという、極悪非道なからかいを楽しんでいたのに違いない。
「……っっっ!」
恥ずかしさと怒りで、目の前が真っ赤に染まった。
いつもの私なら、ここで耐えきれずに「うっそーんwたくさんの生徒を騙してやった!」と叫んで、冗談として済ましていただろう。
でも。
昨夜、泥だらけの竹林で瑛の胸に顔を埋めながら誓った自分の言葉が、私の両足をその場に縫い留めた。
(逃げない。私はもう、瑛への恋心には嘘で逃げないって決めたんだから)
私はギュッと拳を握りしめ、自分の中の逃げ癖を力ずくで押さえ込んだ。
全校生徒の前でピエロにされた怒りが、冷たい炎のように静かに燃え上がる。
私の純情を弄んだ罪は重い。
(瑛がその気なら……なら、トコトン乗っかってやるわ!)
怒りを通り越して完全に吹っ切れた私は、瞬時に『悲劇のヒロイン』の仮面を被った。
「……っ、どうして。どうしてわかってくれないの、瑛」
私はわざとらしく声を震わせ、膝から崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。
突然のトーンダウンに、盛り上がっていた中庭の空気がピタッと止まる。
「お、おい桃芽?どうしたんだよ急に」
哲人くんが怪訝な顔をして声をかけてくるが、私は無視して、塩まみれの瑛を見上げた。
「……そこまで想いを伝えても、瑛の魂は戻ってこないのね。夕顔の怨念が、私の愛の力よりも強いだなんて」
『えっ?ちょ、桃芽さん、泣いてるの……?』
『可哀想……先生呼んだ方がよくない?』
周囲の生徒たちが、再びざわめき始める。
私は制服の内ポケットに手を入れ、いつも髪型をチェックするために持ち歩いている、小さな手鏡を取り出した。
そして、それを胸に抱きしめる。
「瑛のいないこの世界に、私一人で残されても意味なんてない」
「お、おい萌真……?」
うつむいていた瑛が、私の異様な雰囲気を察知して顔を上げた。
その顔から、先ほどのニヤつきは完全に消え失せている。
「瑛が戻らないなら、私も今ここで霊になって、瑛と一緒に逝く!!」
私は立ち上がり、手鏡を頭上に振り上げた。
そして、地面めがけて、思い切り叩きつけた。
ガシャンッ!!
甲高い破砕音が中庭に響き渡り、キラキラとガラスの破片が飛び散る。
私は躊躇なく、その中で一番鋭く尖った破片を拾い上げ、自分の首元へと突きつけた。
「さようなら、みんな……!」
「ヒッ……!?」
「キャアアアアアアッ!!」
女子生徒の悲鳴が上がり、お祭り騒ぎだった中庭が、一瞬にして凍りついた。
誰もが息を呑み、私の狂気の沙汰に目を剥いている。
「おいおい、それはやりすぎだ。それほどまでに瑛を思っているのかよ……っ!」
それまで手を叩いて煽っていた哲人くんが、顔面蒼白になって後ずさりした。
悪ノリの天才である彼でさえ、私の『ガチすぎる自害未遂』には完全に度肝を抜かれ、焦燥感を露わにしている。
「待て桃芽!早まるな!!」
哲人くんが止めに入ろうと手を伸ばす。
だが、誰よりも焦り、誰よりも早く動いたのは、他でもない瑛本人だった。
「おい待てバカ萌真!やめろ!!」
悪霊の艶やかな声色も、狂気を孕んだ態度もかなぐり捨てて。
完全に『素』に戻った瑛が、塩まみれの顔を引きつらせながら、血相を変えて立ち上がった。




