第19話 愛の証明
静まり返る中庭。
萌真は俺の肩を掴んだまま、ぜぇぜぇと荒い息を吐き、涙目で俺の反応を待っている。
隣の哲人は、状況を察したのか「おいおい……」と呆れたように額を押さえながらも、面白がって口元をニヤつかせていた。
萌真は、俺がまだ昨夜の『花魁の霊』に取り憑かれていると本気で信じ込んでいる。
だからこそ、こんなオカルトまがいの塩や数珠を持ち出して、俺の魂を救おうと必死になっているのだ。
だったら、その勘違い、最大限に利用させてもらう。
俺の中で、持ち前の『徹底的にやり返す負けず嫌い』の精神と、演劇部で鍛え上げた『役者魂』に、カチリと火がついた。
(逃がさない。お前のその本音、全校生徒の前で一つ残らず引きずり出してやる)
俺は、顔や制服についた塩を乱暴に手で払いのけた。
そして、わざとガクンと首を前に垂らし、全身の力を抜いてうつむいた。
「……え、瑛……?」
俺の不自然な動きに、萌真がビクッと肩を震わせ、掴んでいた手を離す。
俺は胸に貼り付けられたお札をゆっくりと剥がし、指先でくしゃりと握り潰した。
そして、喉の奥の筋肉を調整し、裏声のトーンを一段階――いや、二段階落とす。
「……ふ、ふふふ」
「ひっ……!」
漏れ出させたのは、艶やかで、どこか狂気を孕んだ女の笑い声だ。
萌真が息を呑み、半歩後ずさりするのが気配でわかる。周囲の生徒たちも「え、何?」「声変わってない?」とざわめき始めた。
俺はゆっくりと顔を上げ、前髪の隙間から、射抜くような鋭い流し目で萌真を睨みつけた。
「……恨めしぃ」
「あ……あぁ……っ」
俺のその声を聞いた瞬間、萌真の顔からスッと血の気が引いていく。
俺は立ち上がり、怯える彼女に向かって一歩、距離を詰めた。
完全な憑依。俺は今、苔柿座の舞台で見た『心中された花魁』そのものだ。
「こんな塩や紙切れで、わっちが退散するとでも思ったんでござりんすか?」
「う、嘘……だって、愛の力が、一番効くって、菜乃ちゃんが……!」
萌真はパニックになりながら、首から下げた数珠を必死に握りしめている。
愛の力だと?上等だ。
俺はニヤリと冷酷な笑みを浮かべ、彼女の顔のすぐ近くまで顔を寄せた。
「愛の力と申されんすか……。口先だけなら、なんとでも言えるでありんす」
「く、口先だけじゃないもん!私、本当に……!」
「ならば、まだ成仏できないこのわっちに、見せておくれやんす」
俺はビシッと指を突きつけ、中庭中に響き渡るような声で宣告した。
「お前さんが、この男をどれだけ愛しているか……この場で、わっちに証明しておくんなし!!」
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「お前さんが、この男をどれだけ愛しているか……この場で、わっちに証明しておくんなし!!」
俺が放った艶やかで凄みのある声が、静まり返った中庭に響き渡った。
完全に『花魁の悪霊』になりきった俺の宣告に対し、萌真は一瞬ビクッと肩を震わせた。しかし、彼女は逃げなかった。
泥だらけの拳をぎゅっと握りしめ、顔を真っ赤にしながら、俺を――いや、俺の中の『悪霊』を真っ向から睨みつけてきたのだ。
「……だったら、証明してやるわよ!瑛の好きなところ、100個言ってやる!!」
は?
100個?
予想外すぎるカウンターに、俺は内心で盛大にずっこけそうになった。
悪霊のポーカーフェイスを保つのに必死で、顔の筋肉がピクピクと引きつる。いくらなんでも、この全校生徒が見守る衆人環視の状況で100個も並べる気か?正気かお前?
俺の焦りをよそに、萌真は大きく息を吸い込み、空に向かって絶叫し始めた。
「第1位!いつも一緒に登校してくれるところ!!」
「……っ」
「第2位!面倒見がいいところ!!」
グラウンドの端まで届きそうな特大のボリューム。
中庭にいた生徒たちが、「えっ、何この公開告白」「ヤバい奴らがいる」と完全にドン引きしてざわめき始める。
だが、萌真は周囲の目など一切気にする様子もなく、ただひたすらに俺を救う一心で叫び続けた。
「第3位!前髪の寝癖を気にしてるところ!!」
(おいバカ、それただの日常のワンシーンだろ!)
俺は心の中で激しくツッコミを入れた。恥ずかしすぎる。俺の毎日のルーティンが全校生徒に筒抜けじゃないか。
「第4位!私が『うっそーん』って言っても、怒らないで許してくれるところ!」
「第5位!購買のパンの新作が出たら、絶対半分こしてくれるところ!」
次々と投下される、あまりにも身内ネタでピュアすぎる『好きなところ』。
俺は腕を組み、冷酷な悪霊の表情を崩さないよう必死に耐えていたが、顔から火が出そうなくらい熱くなっていた。
そろそろ止めるべきか。俺の羞恥心が限界を突破しそうだ。
しかし、萌真の勢いは止まらない。
「第8位!私がくだらない嘘をついた時、呆れながらもちゃんと騙されたフリして付き合ってくれるところ!!」
(っっっ!!お前それここで言うな!!)
俺は危うく「やめろ!」と素の声で叫びそうになり、咄嗟に唇を強く噛み締めた。
俺の密かな楽しみであり、ある意味で俺の不器用な優しさ(という名の恥部)が、全校生徒に大音量で暴露されてしまった。
周囲の生徒たちから「騙されたフリして付き合ってくれてるんだ……」「彼氏、優しすぎない?」というヒソヒソ声が聞こえてくる。
ああ、もうダメだ。俺のクールな図書委員としてのイメージが音を立てて崩れ去っていく。
「第11位!……私のことを、いつもちゃんと見ててくれるところ!」
「第12位!……えっと、その、えっと……!」
さすがに酸欠になったのか、萌真がぜぇぜぇと肩で息をし始め、言葉に詰まった。
顔は極限まで真っ赤に茹で上がり、涙目になりながら必死に次の言葉を探している。
もう十分だ。お前の本気は、これ以上ないくらい伝わった。
俺が素に戻って「もういい、わかった」と止めに入ろうとした、その時だった。
「おいおい、そこで止まるのか?悪霊が瑛を乗っ取っちゃうぞ!頑張れよ!」
すぐ隣から、やけによく通る声が飛んだ。
見ると、ベンチから立ち上がった哲人が、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて萌真を煽っていたのだ。
それだけではない。哲人はパンッ、パンッ、とゆっくり手拍子を叩き始めた。
(おい哲人、お前ふざけんな……!)
俺が目で抗議するが、哲人はどこ吹く風だ。
すると、どうだろう。
哲人の手拍子につられるように、周囲を取り囲んでいた生徒たちの間から、パラパラと拍手が起こり始めたのだ。
最初は「ヤバい奴ら」とドン引きしていた全校生徒たちの空気が、明らかに変わっていく。
悪霊を本気で信じ込み、涙ながらに幼馴染の好きなところを叫び続ける萌真。そのあまりにも不器用で、スケールが小さくて、でもどうしようもなく純粋な姿に、誰もが毒気を抜かれてしまったのだ。
「頑張れー!」
「彼氏を取り戻せー!」
誰かが面白半分で飛ばした野次を皮切りに、校舎の窓から顔を出す生徒も増え、中庭全体が手拍子と歓声に包まれた。
完全な『生暖かい見守りモード』だ。
数百人の生徒が、ニヤニヤしながら俺たちのバカップル劇場を見届ける態勢に入ってしまった。
「はぁ、はぁ……ありがと、みんな……!」
萌真は周囲の応援を一身に受け、再び瞳に闘志の炎を燃やした。
「まだまだいくわよ!第13位!……」
再び絶叫し始める萌真を前に、俺は悟った。
これ、確実に卒業までずっといじられるやつだ。俺の高校生活の平穏は、今日この日をもって完全に終了した。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
むしろ、塩まみれになりながら俺に向かって真っ直ぐに愛を叫ぶこいつの姿が、どうしようもなく愛おしくて、たまらなく可愛く見えたのだ。
(ああ、わかったよ。お前の本気は、痛いほど伝わった)
俺は心の中で白旗を揚げつつも、悪霊としての最後の仕上げをどうするか、タイミングを計っていた。




