第18話 昼休みの中庭
昼休みの中庭は、お弁当を広げる生徒や購買のパンを頬張る生徒たちでごった返していた。
私は群衆を掻き分け、鋭い動体視力で周囲を見回す。
そして、ベンチに座っている瑛の姿を発見した。
近くには、サッカー部の舘哲人くんが座り、パンを囓りながら何やら談笑している。
「で?お前、今朝からなんかニヤニヤして気持ち悪いぞ」
「べ、別にニヤニヤなんてしてねぇよ」
「嘘つけ。なんか良いことでもあったのか?」
「……まあな。あいつ、意外と根性あるっていうか、泥だらけになってまで……って、あっ、いや何でもない」
瑛は少し顔を赤らめながら、照れ隠しのように顔を背けている。
哲人くんは「はいはい、ごちそうさま」と呆れたように笑っていた。
あんなに平穏な日常の風景。
でも、私にはわかる。あの瑛の身体の中には、まだ恐ろしい怨念が息を潜めているのだ。
私が助けなければ、あの平穏な笑顔ごと、悪霊に飲み込まれてしまう!
「……いくよ。私、何からも逃げないって決めたんだから」
私は大きく深呼吸をし、カバンの中から小袋にパンパンに詰まった『清めの塩』を取り出した。
そして、一直線にベンチへと向かって全力疾走した。
「えぇえええええええええええいいいいいいいいぃぃぃっっ!!」
私の絶叫に、中庭にいた全校生徒の視線が一斉にこちらを向いた。
瑛と哲人くんも、何事かと驚いて顔を上げる。
「も、萌真!?お前、急にどうし――」
「悪霊退散んんんんんんっっっ!!」
バサァァァァァァァァァァッッ!!
私は持っていた大量の荒塩を、ベンチに座る瑛の顔面めがけて、思い切りぶちまけた。
白い粉が雪のように中庭を舞い、瑛の黒髪のナチュラルマッシュから制服、手に持っていた弁当までを真っ白に染め上げる。
「ぶっ!?しょっぱ!!い、痛てぇ!目に入った!!」
「瑛ぃぃいいっ!苦しいかもしれないけど、耐えて!私が絶対に助けるから!」
目を押さえて悶絶する瑛に向かって、私は数珠をジャラジャラと鳴らし、謎のお札を彼の胸にピタッと貼り付けた。
「お、おい桃芽!お前、一体何やって……」
隣で哲人くんがポカンと口を開けて固まっているが、私は構わず瑛の両肩をガシッと掴んだ。
菜乃ちゃんの言葉が脳裏に蘇る。
『強い想いの丈を叫んで、魂に訴えかけるしかないわ』
私は、全校生徒がドン引きして静まり返る中庭の中心で、ありったけの息を吸い込んだ。
「瑛を返しなさいよ!!夕顔ぉぉぉ!!」
腹の底から、絞り出すように叫んだ。
恥ずかしさなんて、とうに消え失せていた。
「私の幼馴染を返して!ずっと一緒にいたのに、あんたみたいな化け物に取られるなんて絶対に嫌!」
「ちょ、お前、声がデカいって!みんな見てるから!ってか化け物ってなんだよ!」
「うるさーい!!」
塩まみれで慌てる瑛を力一杯揺さぶりながら、私は涙目で、彼に向かって最大の『想いの丈』をぶちまけた。
「私はね、瑛のことが好きなの!!」
ピタリ、と中庭の時が止まった気がした。
全校生徒の視線が、私たち二人に突き刺さっている。
「幼馴染としてじゃなくて!男の子として、大好きなの!だから、悪霊なんか絶対に追い出して、私の瑛を取り戻すんだからぁぁぁ!!」
私の絶叫が、青空にこだました。
冗談でも、『うっそーん』でもない。
塩まみれになりながら、全校生徒の前で繰り広げられた、私の正真正銘の本気の告白だった。
【瑛視点】
「幼馴染としてじゃなくて!男の子として、大好きなの!だから、悪霊なんか絶対に追い出して、私の瑛を取り戻すんだからぁぁぁ!!」
青空にこだました萌真の声は、冗談でも茶番でもない、真っ直ぐで強烈な本音だった。
頭が真っ白になった。
突然塩を浴びせられた怒りと、萌真がおかしくなってしまったのではないかという不安、そして俺が彼女をここまで追い詰めてしまったという申し訳なさが、一気に押し寄せてきた。
さらに全校生徒の前で、堂々たる公開告白。
だが、俺の脳裏には同時に、嫌な記憶がフラッシュバックしていた。
『うっそーんw』
これまでの人生で、俺はこいつのこの言葉に何度振り回されてきただろうか。
夕暮れの小夜嵐川の蔵通りで、俺が真剣に「好きかも」と伝えた時も、こいつは顔を真っ赤にしてパニックになり、最終的にその防衛本能の言葉を吐き捨てて、全力疾走で逃げ出したのだ。
昨夜の心中塚では確かに本音を聞いた。だが、明るい太陽の下、しかもこれだけの大観衆の前だ。
もしここで俺が普通に「俺も好きだ」と受け入れたら、こいつは我に返って極限の恥ずかしさに耐えきれず、またしても「なーんてね!騙されたー!」と茶化して逃げ出すのではないか?
(……どうせまた、照れ隠しで逃げる気じゃないだろうな?)
俺の胸の内に、そんな疑念がむくむくと湧き上がってくる。
いや、もしこれが本当に、退路を断った本気の覚悟なら。
俺は、こいつの『本気』を、この場で完全に証明させたい。




