第17話 除霊グッズ調達
【萌真視点】
翌日の休み時間。
私は、教室から一目散に駆け出し、校舎の隅にある薄暗いオカルト研究部の扉を勢いよく開け放った。
「菜乃ちゃん!助けて、大変なの!」
埃っぽい部室の奥で、部長の丹野根菜乃ちゃんは、いつものように目元を長い黒髪ストレートで隠し、怪しげな水晶玉を布で磨いていた。机の上には、何が書いてあるのか全く読めない謎の古文書が広げられている。
「……あら、桃芽さん。随分と顔色がよろしくないわね。まるで、あちら側の世界に魂の半分を持っていかれているような顔よ」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないの!昨日、菜乃ちゃんが言った通りになっちゃったの!」
私は菜乃ちゃんの机に両手をつき、昨夜の心中塚での出来事を、身振り手振りを交えて必死に説明した。
瑛が急に白目を剥いて苦しみだしたこと。艶やかな女の声で恨み言を言い出したこと。そして別れ際の『おさらばえ〜』の恐怖。
妹の眞美には全く信じてもらえなかったが、オカルトのカリスマである菜乃ちゃんなら、この危機的状況を理解してくれるはずだ。
「……なるほど。心中塚に巣食う花魁の怨念が、相生くんの波長と合致して、見事に憑依したというわけね」
菜乃ちゃんはふむ、と顎に手を当て、どこか面白がるようにニヤリと口角を上げた。
「相生くんの中の『憑依型役者』のスイッチが、悪霊にとって格好の依り代になったのね。これは非常に興味深い事象だわ」
「興味深いとか言ってる場合じゃないってば!このままだと、瑛の魂が完全に花魁に乗っ取られちゃう!どうすれば助けられるの!?」
私が涙目で懇願すると、菜乃ちゃんはロッカーをごそごそと漁り、布袋に入った『除霊グッズ』を一式取り出して机の上に並べた。
小袋にパンパンに詰まった大量の荒塩、怪しく鈍い光を放つ大きな数珠、そして赤い墨でミミズが這ったような文字が書かれた謎のお札だ。
「これを貸してあげるわ。でもね、桃芽さん。道具だけじゃ、強力な怨念は祓えないのよ」
「えっ、じゃあどうすれば……」
「本当に霊を祓うには、強い想いの丈を叫んで、魂に訴えかけるしかないわ」
菜乃ちゃんは水晶玉越しに私をじっと見つめ、もっともらしいオカルト理論を語り始めた。
「悪霊は、生者の強い感情、特に『愛』や『執着』のエネルギーに弱いの。あなたが相生くんを心から想う気持ちを、魂の底から絶叫してぶつけるのよ。そうすれば、相生くんの魂が呼応して、悪霊を内側からはね除けるはずだわ」
「想いの丈を……絶叫して、魂に訴えかける……」
「そう。恥ずかしがっている場合じゃないわ。彼の魂を救えるのは、幼馴染であるあなたの強い愛の力だけよ」
愛の力。
その言葉が、私の胸の奥にストンと落ちた。
そうだ。私は昨日、嘘をつかずに本音でぶつかると決めたばかりだ。
相手が悪霊だろうと何だろうと、私の瑛に対する気持ちの強さなら絶対に負けない。
「わかった……!私、やってみる!ありがとう、菜乃ちゃん!」
私は机の上の除霊グッズ(塩、数珠、お札)を鷲掴みにして、自分のカバンの中にしっかりと仕込んだ。
これで準備は万端だ。
待っててね、瑛。私が絶対に、あなたを救い出してみせるから!
+++
そして、昼休み。
私は除霊グッズを詰め込んだカバンを抱え、決死の覚悟で教室を飛び出した。
瑛がいるはずの中庭へと向かって廊下を早足で歩いていると、曲がり角で不意に見覚えのあるウェーブのかかったツインテールと鉢合わせた。
「あっ、萌真先輩じゃないですかぁ」
利良流ララちゃんだ。
相変わらず計算し尽くされたあざとい小悪魔メイクで、私を見ると勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「先輩、こんなに急いでどこ行くんですか?あ、もしかして瑛先輩を探してるとか?奇遇ですねぇ、私も今から瑛先輩のところに行って、一緒にお昼食べようと思ってたところなんですぅ♡」
普段の私なら、ここでギリッと奥歯を噛み締め、「私が先に行くの!」と対抗心を燃やしていたかもしれない。
でも、今はそんな次元の話ではないのだ。
瑛の魂が、そしてララちゃんの命さえも、あの恐ろしい花魁の怨念に脅かされているのだから。
「ララちゃん!ダメ!今、瑛に近づいちゃダメ!」
「……え?」
私が血相を変えて両肩を掴むと、ララちゃんは驚いたように目を丸くした。
「瑛は今、正気じゃないの!悪霊に身体を乗っ取られてるの!近づいたら、ララちゃんもあの世に道連れにされちゃうかもしれない!」
「は、はぁ……?」
「昨日、心中塚で私、見たんだから!瑛の顔が女の人になって、『どうしてわっちを道連れにしたんでござりんすか』って叫んでたの!だから、危ないから彼から離れてて!」
私がものすごい剣幕で忠告すると、ララちゃんの顔からスッと表情が抜け落ち、完全にドン引きした目になった。
「えっと……先輩、頭大丈夫ですか?いくら私に瑛先輩を取られたくないからって、設定がぶっ飛びすぎてて引くんですけど……」
「設定じゃないの!ガチなの!お願い、今日は本当に危ないから近づかないで!」
私はララちゃんの言葉を遮り、カバンを抱き直して再び走り出した。
背後でララちゃんが「えぇ……何あの人、ヤバすぎる……」と呟く声が聞こえたが、構っていられない。
今は一秒でも早く、瑛の魂を救わなければならないのだ。




