第14話 ガチ告白
「こうなったら……あの世まで道連れだーっ!!」
ズドンッ!
とんでもない勢いで、ヤケクソになった萌真の小さな体が俺の胸に飛び込んできた。
「ぐぉっ!?おい、バカ、やめ――」
受け止めようと踏ん張ったが、ここは心中塚の斜面だ。ただでさえ足場が悪い上に、暗闇でまともに踏ん張りが利くはずもない。
完全にバランスを崩した俺たちは、もつれ合うようにして、竹林の急斜面を転がり落ちていった。
「ひゃあああああっ!」
「うおぉぉぉっ!?」
視界がぐるぐると激しく回転し、土や落ち葉の匂いが鼻をつく。
俺は咄嗟に萌真の後頭部と腰に腕を回し、少しでも彼女に衝撃がいかないように強く抱きしめた。
ゴロゴロと斜面を転がり続け、やがて平坦な場所――竹林の底の開けたスペースにドサッと投げ出されて、ようやく回転が止まった。
「いっ、てぇ……」
全身がバキバキに痛い。服は泥だらけで、髪には枯れ葉が絡まっている。
ゆっくりと目を開けると、俺は仰向けに倒れた萌真の上に馬乗りになり、押し倒すような体勢になっていた。
だが、俺の頭の中からついさっきまでの気まずさなんて、一瞬で消え飛んでいた。
「おい萌真!大丈夫か!?どこか打ってないか!?」
俺は血相を変えて、体を起こし彼女の顔を覗き込んだ。
「頭打ってないか!?腕は動くか?痛いところはないか!?」
慌てて彼女の頭を撫でまわし、頬についた泥を拭い、怪我がないか必死に確認する。幸い、下は柔らかい腐葉土の層になっていたおかげで、二人とも大きな怪我はなさそうだ。
「……瑛」
萌真は目を丸くして、呆然と俺を見上げていた。
「お、おう。痛いところ、ないか?」
「うん……大丈夫」
「バカ野郎!いきなり斜面に飛び込む奴があるか!もし大怪我でもしたらどうするつもりだったんだよ!」
俺が本気で怒鳴ると、萌真はビクッと肩を震わせた。だが、その瞳には恐怖ではなく、どこか安堵したような、柔らかい光が灯っていた。
「……怒ってるのに、私の怪我ばっかり心配して……瑛は、本当に優しいね」
静まり返った竹林の中。
頭上を覆っていた厚い雲が風に流され、木漏れ日のような月明かりが、俺たちのいる場所をスポットライトのように照らし出した。
青白い光に浮かび上がった萌真の顔は、泥で汚れているのに、ハッとするほど綺麗だった。
「……っ」
月明かりの下、至近距離で見つめ合う形になり、俺は急激に心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。
さっきの怒りはどこへやら、自分がいま、好きな女の子を押し倒しているという事実にようやく気づいてしまったのだ。
気まずくなって体を起こそうとした俺の胸倉を、萌真の小さな両手が、ぎゅっと力強く掴んだ。
「待って……行かないで」
震える声だった。
俺が視線を落とすと、萌真のぱっちりとした大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出していた。
「ごめんね……いつも嘘ばっかりついて」
「萌真……」
「本当はね、この前……瑛に『好きかも』って言われた時、すっごく、すっごく嬉しかったの」
萌真は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、絞り出すように本音を零し始めた。
「でも、嬉しすぎて、パニックになっちゃって……。もし私が素直に頷いて、それで今の幼馴染の関係が変わっちゃうのが、怖かった……。私、ダメなところいっぱいあるから、幻滅されて瑛がどっかに行っちゃうんじゃないかって……だから、うっそーんって笑って、逃げちゃったの」
ポツリポツリと、心の柔らかい部分をさらけ出すように語る萌真。その声は酷く震えていて、いかに彼女が追い詰められていたかが伝わってくる。
俺の胸を掴む手に、ギュッと力が入る。
「でも……、ララちゃんが瑛と一緒にいるのを見て……瑛があーんされてるのを見て……もう、心がぐちゃぐちゃになっちゃって」
「あ、あれは俺も困ってて……」
「ううん、わかってる。瑛が優しいから断れなかっただけだって。でも……嫌だった。私の瑛なのに、他の女の子に取られるなんて絶対に嫌だと思ったの」
『私の瑛』。
その言葉の破壊力に、俺は息を呑んだ。
「私……瑛のことが好き。幼馴染としてじゃなくて、男の子として。ずっと前から、大好きだった」
月明かりの下で、彼女はまっすぐに俺の目を見て、これ以上ないほどはっきりと告げた。
冗談でも、茶番でも、悪霊のフリでもない。
紛れもない、桃芽萌真自身の、本当の言葉だった。
「こんな、嘘つきで、意気地なしで、素直になれない私だけど……。これからは絶対に嘘に逃げないから。だから……オイラを、一人にしないでよぉ……」
最後はまた涙声になって、萌真は俺の胸に顔を埋めてしゃくり上げ始めた。
俺は、しばらく言葉を出せなかった。
嬉しかった。こいつが、これほどまでに俺のことを考えて、傷ついて、勇気を振り絞ってくれたことが。
自分の不器用さを乗り越えて、こんな不気味な心霊スポットで、泥だらけになりながら本音を伝えてくれた。その健気さが、胸の奥を熱く焦がしていく。
「……お前、本当にバカだな」
俺の胸の中で泣きじゃくる萌真の背中を、俺はゆっくりと撫でた。
不器用なこいつが泥だらけになりながら本音を伝えてくれた健気さに、俺の胸の奥は熱くなっていた。だが、俺の心の片隅にはまだどこかに、少しだけ萌真の嘘告が引っかかっていた。
勇気を出して伝えた思いを「うっそーんw」と茶化されて逃げられた、あの夕暮れ時の冷たいしこりが。
もちろん、彼女の臆病さは十分に理解したから許しはしたし、元の親友に戻る気持ちは完全にあった。しかし、このまますぐに『恋人』へとステップアップするには、どうにも癪に障るというか、まだそこまでの気持ちの整理がついていなかった。
もう少しだけ、意地悪な仕返しをして脅かしてやろう。
俺の負けず嫌いな性格と、演劇部で鍛えた役者の血が再び騒ぎ出した。こいつは先ほどまで男の霊に憑りつかれたフリをしてきたのだから、俺も憑依演技でやり返してやるのが筋だろう。先日、苔柿座で見た『縮緬情話浮名乃滝』のヒロイン、花魁の夕顔の姿が脳裏に蘇る。
俺は萌真を抱きしめようとしていた両手をスッと下ろし、わざとガクッと首を垂れて全身の力を抜いた。
「……え、瑛?」
俺の急な変化に戸惑い、萌真が涙ぐんだ顔を上げる。
俺は暗闇の中で密かに口角を上げると、女の霊に憑りつかれたフリを始めるべく、肚の底から艶やかで恨みがましい声色を準備した。




