第13話 反撃
【瑛視点】
「お願いだから……オイラを、一人にしないでよぉ……」
真っ暗な心中塚の墓地。
背中を古い石塔に押し付けられた『墓ドン』の体勢のまま、俺は目の前で泣きじゃくる幼馴染を見下ろしていた。
俺の胸元にグリグリと額を押し付け、ポロポロと大粒の涙をこぼしている桃芽萌真。
俺の頭の中は、冷静なツッコミと、それ以上の熱い感情が入り混じって、ショート寸前だった。
(なんで男の霊なんだよ……しかも、カンペ落としてるし)
足元には、先ほど俺が読み上げた『逃げ場はないぜ、オイラと恋仲になれ!』と書かれた痛々しいメモ用紙が転がっている。
設定はガバガバだし、さっきまで「だもん!」とか完全に素に戻っていたし、ツッコミどころしかない。
いつもなら、この極限の恥ずかしさに耐えきれず、特技である動体視力と全力疾走を活かしてあっという間に逃げ出していたはずだ。現にさっき、彼女の口からいつもの防衛本能である「うっそーんw」という言葉が飛び出しかけた。
俺も、また逃げるんだろうなと半ば諦めていた。
だが、萌真は逃げなかった。
両手で必死に自分の口を塞ぎ、顔を真っ赤にして、涙目で俺を睨みつけ、そして――強引に俺を墓に押し付けたのだ。
不器用で、打たれ弱くて、照れ隠しですぐに嘘をつく彼女が。
今回は嘘に逃げないという強い意志を持って、俺に向き合おうとしてくれている。
(……ズルいな、お前は)
胸の奥で、カチリと何かが噛み合う音がした。
こんな気味の悪い心霊スポットに一人で来るなんて、霊感はなくてもビビりのこいつにとっては拷問みたいなもののはずだ。
それでも、利良流ララと俺が一緒にいたのを見て、焦って、嫉妬して、ここまで無茶をしてくれた。
その事実が、俺の心の奥底をじんわりと温かく満たしていく。
以前の嘘コクの一件で、俺はひどく傷ついた。俺の真剣な思いを茶化されたと感じて、意固地になって冷たい態度をとり続けていた。
だけど、いつまでも彼女の一瞬の過ちを引きずっているのは、男としてどうなんだ。
こんなにも健気に、自分たちの関係を作り直そうとしてくれているのに。
(悪かったな、萌真。俺も、少し大人げなかった)
俺は小さく息を吐き出し、胸に顔を埋めている萌真の頭にそっと手を乗せようとした。
――が、その手を途中で止める。
ここで普通に「わかったよ」と許して抱きしめるのは、どうにも俺らしくない。
負けず嫌いでノリが良い俺の性格が、そして演劇部で鍛えた役者としての血が、むくむくと騒ぎ出した。
こいつが『悪霊に憑りつかれたフリ』なんてくだらない茶番を仕掛けてきたんだ。
なら、それに全力で乗っかって、このドタバタ劇を最高の形で終わらせてやるのが、幼馴染としての礼儀だろう。
俺はニヤリと口角を上げると、憑依型演技のスイッチをカチッと入れた。
腹の底に息を溜め、声のトーンを一段階低く、そして劇画チックに響かせる。
「……なるほど。事の次第は理解した」
「ひっ……えっ?」
俺の急な声色の変化に驚いたのか、萌真がビクッと肩を震わせて顔を上げた。
涙で濡れた大きな瞳が、戸惑ったように俺を見つめている。
俺はさらに役に入り込み、鋭い視線を萌真――いや、萌真が演じている『男の霊』へと向けた。
「おい、そこの悪霊め。俺の幼馴染の体を返しやがれ!」
「えっ?あ、いや、オ、オイラは……っ」
萌真が慌てて男口調を取り繕おうとするが、俺はもう容赦しない。
墓ドンされていた体勢からスッと身をかわし、逆に萌真を石塔の方へと追い詰める。
「悪霊退散。これより、除霊の儀式を執り行う!」
「じょ、除霊!?ちょ、お前さん、何を言っ――ひゃあっ!?」
言葉の途中で、萌真が甲高い悲鳴を上げた。
俺の両手で、彼女の脇腹を的確に捉えたからだ。
幼い頃から一緒にいる俺は、こいつの『くすぐりのツボ』を完全に把握している。
「こら悪霊!さっさと出ていけ!」
「あはっ、や、やめ……っ!ひゃはははっ!え、瑛、ストップ!ストップったら!」
「なんだ悪霊、意外と英語も話すんだな?ほらほら、成仏しろ!」
「ひぃぃぃ!ちょ、ま、待て……っ!幽霊にもパーソナルスペースというものがだな……!」
脇腹を容赦なく責められ、萌真は涙目になりながら身をよじって抵抗する。
男口調を保とうとする努力も虚しく、その姿は完全にピュアな乙女のそれに逆戻りしていた。
攻めていたはずの萌真が、あっという間に守勢に回っている。その形勢逆転のドタバタが、俺にはたまらなく面白く、そして愛おしかった。
「パーソナルスペース?霊体なんだから関係ないだろ。それとも、まだ未練があるのか?」
俺は手を止め、意地悪く微笑みながら一歩距離を詰めた。
ゼロ距離。俺の胸と萌真の肩が触れ合うほどの近さ。
暗闇の中でも、萌真の顔が真っ赤になっているのがわかる。
「あ、う、あの……その……っ」
極度の緊張で言葉を失い、完全に固まっている萌真。
逃げ場を失い、石塔に背中をぴったりとくっつけている。
俺は少し身を屈め、彼女の首筋に顔を近づけた。
「……っ!?」
「しぶとい悪霊だな。なら、もっと強力なお祓いが必要か」
俺は、萌真の敏感な首筋に向かって、フッと息を吹きかけた。
「ひゃうっ……!?」
ゾクッと全身を震わせ、萌真の膝がガクンと折れそうになる。
俺は咄嗟に彼女の腰を腕で支え、そのまま引き寄せた。
「な、ななな、何すんのよバカ瑛……っ!」
もう男口調の欠片もない。完全に素の、いつもの桃芽萌真だ。
でも、いつもと違うのは、その目に逃げの『嘘』が全くないこと。
俺の腕の中で、恥ずかしさに耐えきれずプルプルと震えている姿は、どうしようもなく庇護欲をそそる。
「なんだ、まだ悪霊が残ってるのかと思ったけど。……少しは反省したか、お調子者」
「うぅ……反省、した……したから、もうやめてぇ……」
涙目で懇願してくる萌真。
俺は満足して、ようやく彼女から体を離……そうとした、その時だった。
「……って、これで終わるかーっ!!」
突然、萌真が自暴自棄になったような大声を上げた。
「へっ?」
バレている気まずさと、俺からの不意打ちのゼロ距離接触。
それに耐えきれなくなった萌真の情緒が、ついに限界を突破したらしい。
「こうなったら……あの世まで道連れだーっ!!」
「はあ!?おい、バカ、やめ――」
ヤケクソになった萌真が、無理心中伝説のクライマックスを演じるかのように、俺に向かって勢いよく飛びついてきた。
「こうなったら……あの世まで道連れだーっ!!」




