第12話 暗闇の墓ドン
「……おい、萌真?どうした?お腹でも痛いのか?」
瑛が心配そうに覗き込んでくる。
私はゆっくりと、まるで錆びついた機械のように首を持ち上げた。
そして、できる限り低くてドスの効いた、肚の底から響くような声を出した。
「……ときにお前さん、ご機嫌はどうだい?」
「……はっ?なに、その喋り方」
瑛が怪訝な顔をして、半歩後ろに下がる。
私はさらに一歩踏み出し、完全に男の霊になりきったつもりで言葉を紡いだ。
「何って、いつも通りでぃ。そんなことより、オ、オイラはお前さんの事が!」
私は勢いよく瑛の正面に立ち、両手を伸ばして彼の両腕をガシッと掴んだ。
ドサッ。
その瞬間、何か軽いものが地面に落ちる音がした。
……あ。
両手で瑛の腕を掴んだ反動で、制服のポケットに入れていた『カンペ』のメモ用紙が、うっかりこぼれ落ちてしまったのだ。
「え?」
「ん?なんか落ちたぞ」
瑛は私が腕を掴んでいるにもかかわらず、あっさりと私の手を振りほどき、足元に落ちた紙切れを拾い上げた。
「あ、ちょっと待って!それは見ないで!」
「なんだこれ。メモ?……えーっと、次は……『逃げ場はないぜ、オイラと恋仲になれ!』……って、言う予定だった?」
瑛はスマホのライトでカンペを照らし、一字一句、超絶冷静な声で読み上げた。
その目は、完全に「こいつ、またアホなことやってる」という冷ややかなものだった。
「……っっっ!!」
極限の恥ずかしさ。
全身の血が一瞬で沸騰したかのように、顔がカッと熱くなった。
見られた。菜乃ちゃんに教えてもらった、恥ずかしすぎるセリフのカンペを、当の本人に冷静に音読された!
無理。死ぬ。今すぐこの心中塚の地面に穴を掘って埋まりたい。
(逃げたい……!全力疾走で、この場から逃げ出したい!)
バドミントン部で鍛え上げた瞬発力が、私の両足に逃走のサインを送る。
そして、いつもの逃げ癖が顔を出し、私の口は勝手に動こうとした。
「う、うっ……」
言いかけたその瞬間。
私は両手で、バシンッと自分の口を必死に押さえた。
ダメだ。
ここで「うっそーんw」って言って逃げたら、また同じことの繰り返しになる。
先日、瑛に背中を向けられた時の、あの冷たい拒絶。
もう二度と、あんな思いはしたくない。
嘘に逃げないって、さっき誓ったばかりじゃないか!
「も、萌真?お前、大丈夫か?顔真っ赤だぞ」
瑛が呆れ半分、心配半分で声をかけてくる。
私は両手で口を押さえたまま、涙目で瑛を睨みつけた。
そして、情緒が完全に崩壊していくのを感じながら、私は残された最後の手段に出た。
「逃がさ、ない……!」
「は?おい、お前――」
私は瑛の胸ぐらを両手でガシッと掴み、強引に前へ押し込んだ。
ドガンッ!
瑛の背中が、すぐ後ろにあった古いお墓の石塔に勢いよくぶつかった。
『墓ドン』だ。
「いっ!?ちょ、痛ぇ!お前、何すんだよ!バチ当たるぞ!」
「うるさーい!!」
私は顔面を火が出るほど真っ赤にしながら、瑛の顔のすぐ近くまで顔を寄せた。
もう、台本もカンペも関係ない。
無理やり男口調で押し通すしかない!
「オ、オイラはな!お前さんにぞっこんだ!!」
「はあ!?」
「惚れ申した!!」
「だからなんなんだよその江戸っ子みたいな喋りは!?」
瑛は完全にパニックになりながらも、的確なツッコミを入れてくる。
でも、私は止まらない。
恥ずかしくて、情けなくて、でも好きで好きでたまらなくて、目からポロポロと涙がこぼれ落ちてくる。
「っ、違うもん!オイラは悪霊だもん!お前さんが他の女にあーんされてるのを見て、悔しくて化けて出たんだもん!」
「悪霊が『だもん』って言うな!お前、完全に素に戻ってんじゃねぇか!」
「うるさい、うるさい!お前さんはオイラのものだ!逃げ場はないぜ、オイラと恋仲になれーっ!!」
私は泣き叫びながら、カンペに書いてあった台詞を強引に叫んだ。
真っ暗な心中塚で、墓ドンをしながら、幼馴染に号泣して迫るホラー。
客観的に見たら、狂気の沙汰だ。
でも、これが私の、嘘偽りのない「本気」だった。
「お願いだから……オイラを、一人にしないでよぉ……」
最後は完全に男口調も崩れ去り、私は瑛の胸に額を押し付けて、ポロポロと泣きじゃくった。
瑛は石塔に背中を預けたまま、呆然として固まっていた。
私の不器用すぎるアプローチは、最悪の形で幕を開けてしまったのだ。




