第11話 夜の心中塚
【萌真視点】
苔柿県掛古木市の町の外れ。
小高い丘に位置し、鬱蒼とした竹林に囲まれた古びた墓塚――『心中塚』。
江戸時代に、ちりめん問屋の若旦那と花魁が無理心中を図ったとされる伝説の地であり、地元の高校生にとっては定番の心霊スポットだ。
「……こ、怖すぎる。なんでこんな場所、指定しちゃったんだろう……」
私は一人、真っ暗な墓地の入り口でガタガタと震えていた。
併設されている古寺の屋根が月明かりに不気味に浮かび上がり、無数に並ぶ檀家のお墓が薄暗い影を落としている。
夏の夜特有の生暖かい風が竹林を揺らすたび、ザワザワ、という不気味な音が響く。その音が、まるで誰かの囁き声のように聞こえて、私は思わず自分の肩を抱きしめた。
「帰りたい……今すぐ、お家のあったかいお布団にダイブしたい……!」
霊感なんて一切ないのに、こんな場所に一人でいるだけで寿命がゴリゴリ削られていく気がする。
オカルト研究部の菜乃ちゃんに相談した時、どうしてこんな心霊スポットで決行するなんて言っちゃったんだろう。
雰囲気を出すためとはいえ、自分の首を絞めているとしか思えない。
「ひぃっ!?な、何か今、動いた!?」
風で揺れた卒塔婆の影にビクッと飛び退き、私は半泣きになった。
もう無理だ。やっぱり帰ろう。瑛には「急にお腹痛くなった」って嘘をついて――。
そこまで考えた時、私の脳裏に、昼間の光景が鮮明にフラッシュバックした。
『じゃあ、私が頂いちゃいますね♡』
あの、利良流ララちゃんの挑発的な笑顔。
そして、小夜嵐川の蔵通りにあるオシャレなカフェで、瑛がララちゃんにあーんされてクッキーを食べていたあの場面。
「……っ、ダメだ!ここで逃げたら、本当にララちゃんに瑛を取られる!」
私は両手でパチンと自分の頬を叩いた。
痛みが走り、少しだけ冷静になる。
今までずっと、「うっそーんw」って誤魔化して逃げてきた。そのせいで瑛を傷つけて、愛想を尽かされそうになっているんだ。
これ以上、逃げちゃダメだ。
瑛は、私の幼馴染だ。誰よりも私のことをわかってくれている、大好きな人。
あの小悪魔な後輩なんかに、絶対に渡したくない。
「私は今日、生まれ変わるんだから。嘘には絶対、逃げない……!」
ポケットの中に入れたカンペの感触をギュッと確かめ、私は自分自身を奮い立たせた。
天真爛漫なふりをして、本当はずっと臆病だった私。
でも今日だけは、一生懸命に瑛にぶつかるんだ。
+++
それから数分後。
暗い坂道の下から、チカチカと揺れる一筋の光が近づいてきた。
スマホのライトを頼りに歩いてくるその人影は、間違いなく相生瑛だった。
「瑛……!」
「お、萌真。謝りたいってLINEは見たけど、こんな真っ暗なところをわざわざ指定しなくても……」
瑛はライトで私の顔を照らすと、呆れたようにため息をついた。
いつもと変わらない、少し面倒くさそうな、でも優しい声。
その声を聞いた瞬間、怖かった気持ちが一気に吹き飛んで、胸の奥がキュッと締め付けられた。
「ご、ごめん。なんか、ここなら絶対に誰も来ないから、落ち着いて話せるかなって思って……」
「落ち着いて話せるどころか、気味が悪くて落ち着かねぇよ。お前、ほんとビビりのくせに変なところ度胸あるよな」
瑛はスマホのライトを足元に落とし、私の前に立った。
月明かりに照らされた彼の切れ長の瞳が、私を静かに見つめている。
普通に会話がスタートした。まずは、探りを入れておかなきゃ。
「……ねぇ、瑛。最近、ララちゃんと仲いいんだね」
私は俯き加減で、上目遣いに瑛の顔を窺った。
少しだけ声が震えてしまったけれど、瑛はそれほど気にしていないようだった。
「は?ララ?いや、仲いいってわけじゃ……」
「だって、今日の放課後も一緒に帰ってたし。蔵通りのカフェで、あーんしてクッキー食べてたの、見たんだから」
「なっ、お前、見てたのかよ!?」
瑛は分かりやすく動揺し、慌てて弁解を始めた。
「あ、あれはあいつが勝手に近づいてきてるだけで、俺は全然そんなつもりなくてだな!断りきれなかったというか……腕とか強引に組んでくるし、押しが強くて困ってたっていうか……」
「ふーん……困ってたわりに、まんざらでもなさそうだったけど?」
「そんなことねぇって!俺はただ、後輩を無下に扱うのも悪いかと思って……」
瑛が必死に弁解しているのを見て、私は内心でガッツポーズをした。
よかった、瑛はララちゃんに本気で惹かれているわけじゃない。ただ流されているだけだ。
なら、今が最大のチャンスだ。
私の決意を見せつける時!
(いけ、私!菜乃ちゃん直伝の、迫真の悪霊演技!)
私は計画通り、大きく息を吸い込んだ。
そして、急に首をガクッと前に落とし、全身の力を抜いてみせた。




