第10話 的確なアドバイス
【萌真視点】
瑛の事を思えば思うほど、ララちゃんの「じゃあ、私が頂いちゃいますね♡」という言葉が、頭の中で何度も何度もリフレインしていた。
でもこれ以上、あんな小悪魔な後輩に好き勝手に動かれてたまるものか。私は、瑛を取り戻すんだ。
しかし、どうやって?
いきなり「好き」って言う?いやいや、こないだ真剣な瑛の告白から「うっそーん」って笑って逃げたばかりなのに、今さら信じてもらえるわけがない。
普通に謝って告白するだけじゃ、瑛はまた「どうせ嘘だろ」って冷たい目を向けるかもしれない。
もっとこう、インパクトがあって、私の本気度が伝わって、それでいて……ちょっとだけ照れ隠しができる方法。
「そうだ……霊に憑りつかれたフリをしよう!」
私の中の天才的な閃きだった。
苔柿座で見た『縮緬情話浮名乃滝』の伊之助みたいに、情念の深い霊に憑りつかれたフリをして、グイグイ攻めるんだ。そうすれば、普段の私じゃ絶対言えないような恥ずかしいセリフも言える。そして最後には、「ガチだ」って自分の口でしっかり言う。もう嘘には逃げないと心に誓うんだ。
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翌日。
善は急げと、私は昼休み、オカルト研究部の部室へと向かった。
「菜乃ちゃん!お願い、ちょっと相談に乗って!」
勢いよく扉を開けると、そこには薄暗い部室の真ん中で、怪しげな水晶玉を磨いている丹野根菜乃ちゃんの姿があった。目元が隠れがちな長い黒髪ストレートを揺らし、彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。
「……あら、桃芽さん。こんなオカルトの深淵に足を運ぶなんて、あなたもついにこちら側の世界に興味を持ったのかしら?」
「違う違う!あのね、心中塚で好きな人に、悪霊に憑りつかれたフリをして迫りたいの!本物の霊っぽく見える方法を教えて!」
私の無茶苦茶な相談に、菜乃ちゃんは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにニヤリと口角を上げた。
「なるほど……憑依の儀式ね。愚かな人間の恋路とはいえ、興味深いわ。いいでしょう、私が『ガチでヤバい悪霊の仕草』を伝授してあげる」
さすがは校内外のオカルトマニアから一目置かれるカリスマだ。菜乃ちゃんは独特のミステリアスな空気を纏いながら、早口で語り始めた。
「まず、憑依体は生前の未練を強く引き継ぐの。ターゲットに対して逃げ場を与えないほどの執着を見せることね。そして、江戸時代の霊なら言葉遣いも重要よ」
「え、江戸時代?『拙者』とか『ござる』とか?」
「甘いわね。心中伝説の伊之助なら、もっとこう……肚の底から響くような声で、『オイラはお前さんにぞっこんだ』とか『惚れ申した』とか言うべきよ」
「ぞ、ぞっこん!?惚れ申した!?」
私は慌てて手元のメモ帳に、菜乃ちゃんのアドバイスを書き込んでいく。
「いい?相手を壁に追い詰めるの。壁が無ければ電柱でも樹木でも何でもいいわよ。そして、逃げ場はないと知らしめる。セリフは……そうね、『逃げ場はないぜ、オイラと恋仲になれ!』なんてどうかしら」
「お、おおお……なんかすごい恥ずかしいけど、霊のフリならいけるかも……!」
私はメモ帳をちぎり、絶対に忘れないように制服のポケットに忍ばせた。
これが私の最強の『カンペ』だ。これさえあれば、瑛を確実にドキドキさせることができるはず。
帰り際、菜乃ちゃんは意味深げなことを言ってきた。
「あまり長居すると、本物の霊が寄って来るから気を付けてね」
「も、もう菜乃ちゃんったら、本当みたいに言わないでよ、うっそーwでしょ」
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その日の夜。
私は鏡の前で入念に髪を整え、大きく深呼吸をした。
「よし……今日こそ、絶対に決める!」
意気込んで自室を出て玄関に向かうと、リビングから出てきた妹の眞美と鉢合わせた。
眞美は私の姿を上から下までジロリと眺め、冷ややかな目を向けた。
「……こんな夜に、どこ行くの。また瑛くんにバカなことしに行く気?」
「バカなことじゃないもん!今日は私の人生を懸けた大勝負なんだから!」
「へえ。どうせまた、変な嘘ついて自爆するんでしょ」
「違うってば!今日は絶対に嘘を言わない。私、本気でぶつかってくるんだから!」
私が拳を握りしめて宣言すると、眞美は呆れたように小さくため息をついた。
「お姉ちゃんの『本気』ほど信用できないものはないけどね。泣いて帰ってきても慰めないからね」
「泣かないもん!見てなさいよ、明日の朝には私と瑛はラブラブなんだから!」
眞美の辛口な見送りを受けながら、私は勢いよく玄関の扉を開けた。
夏の夜の少し生ぬるい風が、私の頬を撫でた。
外へ出てすぐ、私はスマホを取り出し、トークアプリを開いた。
瑛のアイコンを見つめ、深呼吸を一つ。そして、震える指でメッセージを打ち込む。
『瑛、この前逃げちゃったこと、ちゃんと謝りたいんだけど。昼間の明るいところだと恥ずかしいから、夜八時に心中塚に来て!あそこなら誰もいないし!』
送信ボタンを押す。既読はすぐについた。
心臓がバクバクと音を立てる。数秒後、瑛から返信があった。
『わかった。行くよ』
短く、ぶっきらぼうな返事。でも、ちゃんと来てくれる。瑛はやっぱり優しい。
私はスマホを胸に抱きしめ、ギュッと目を閉じた。
(待っててね、瑛。今度こそ、私の本当の気持ちを伝えるから!)
私は町の外れの小高い丘の方角――竹林に囲まれた古びた塚を目指して、夜の道を歩き出した。
江戸時代にちりめん問屋の若旦那と花魁が無理心中を図ったとされる伝説の地、心中塚。
地元の高校生にとっては定番の心霊スポットであり、肝試しの名所だ。
普段なら絶対に近づきたくない不気味な場所だけど、今日ばかりは違う。誰にも邪魔されない、私と瑛だけの特別なステージになるはずだから。
ポケットの中のカンペをギュッと握りしめ、私は暗い坂道を登っていった。




