桃色の余白
この作品には自死表現が含まれます。
苦手な方はお控えください。
丈くんがいなくなってから、スマホを見る時間が増えた。
連絡が来るわけじゃない。
来るはずもない。
それなのに気が付くと手に取っている。
ベッドの上で横になったまま、私は今日も画面を眺めていた。
十月も半ばを過ぎた。
窓の外はよく晴れている。
学校では今ごろ六時間目くらいだろうか。
チャイムの音も、教室のざわめきも、ここまでは届かない。
驚くほど静かだった。
スマホの画面を指でなぞる。
トークアプリを開く。
少しスクロールすると出てくる名前。
小野山丈。
見る度に胸がぎゅっと痛むことに慣れない。
開く。
そこには今まで通りの会話が残っていた。
【いちこー!宿題やった!?】
【まだだよ】
【仲間発見!!】
思わず少しだけ笑う。
本当に馬鹿みたいなやり取りだ。
少し上へスクロールする。
【明日雨らしいよ】
【えー】
【オレ晴れ男だからたぶん大丈夫】
大丈夫じゃなかったじゃん。
心の中でそう呟く。
すると急に苦しくなった。
笑った直後だったからかもしれない。
胸の奥がぎゅうう、と縮む。
また指を動かす。
写真。
スタンプ。
どうでもいい会話。
全部残っている。
何も消えていない。
消えたのは。
丈くんだけだった。
スマホを胸に抱える。
目を閉じる。
そうすると、夕陽の中で笑う顔ばかり浮かんでくる。
どうしてだろう。
思い出す丈くんは、いつも笑っている。
体育館で、公園で、教室で、文化祭で。
いつも。
笑っている。
私はスマホを握り締めた。
「……ずるいよ」
小さく呟く。
誰もいない部屋だった。
返事はない。
あるはずもない。
「ずるい」
もう一度言う。
喉の奥が痛くなる。
涙が滲む。
好きだった。
それはもう分かっている。
響にも言った。
自分でも認めた。
だけど。
認めたから楽になるわけじゃなかった。
むしろ逆だった。
好きだったから苦しい。
好きだったから会いたい。
好きだったから。
どうしても思ってしまう。
もし。
もしあの日、もっと話していたら。
もし、もっと早く気付いていたら。
もし、好きだって伝えていたら。
何か変わったんだろうか。
そんなことを考える。
考えても意味がないのに。
答えなんて誰も教えてくれないのに。
私は顔を覆った。
涙が落ちる。
ぽたり。
シーツに小さな染みができる。
好きだった。
本当に。
大好きだった。
でも。
伝えられなかった。
違う。
伝えなかった。
いつでも会えると思っていたから。
明日も、来週も、卒業しても。
ずっと。
五人でいるんだと思っていたのだから。
その当たり前が、こんなにも簡単になくなるなんて。
知らなかった。
知らなかったんだ。
どれくらい泣いただろう。
気付けば部屋は少し暗くなっていた。
夕方が近い。
窓の外が茜色に染まり始めている。
私はぼんやりとスマホを開いた。
通知が溜まっていた。
クラスのグループ、母からの連絡、広告。
そして、響。
何件も来ていた。
全ての連絡を受け止める気力がなくて未読のままにしてあった。
【大丈夫?】
【何か食べてる?】
【無理しないんだよ】
【返事いらないからね】
【たこ焼き食べたい】
最後だけ意味が分からなかった。
思わず鼻をすすりながら笑う。
何それ。
本当に、響らしいなぁ。
画面を見つめる。
しばらく。ずっと。
何もできなかった。
返信する気力なんてまだない。
学校へ行く勇気もない。
みんなに会うのも怖い。
丈くんのいない教室はもっと怖い。
丈くんとのトーク欄に送られていた、五人で撮った時の写真をふっと見直す。
彼の笑顔がはち切れるほど眩しい。
一番好きな彼の笑顔だった。
私は親指を動かした。
メッセージを開く。
未読のままだった画面が変わる。
既読。
ただそれだけ。
本当に。
ただそれだけだった。
それだけなのに。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
止まっていた時間が動いた気がした。
窓の外では夕焼けが街を桃色に染めていた。




