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HIGH FIVE!  作者: ねこたんめん


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10/18

朱色の一歩

この作品には自死表現が含まれます。

苦手な方はお控えください。

  既読が付いた!

 響はスマホの画面を見つめたまま固まった。

 昨日の夕方のことだ。

 何日も返事のなかったトーク画面に、ようやく「既読」の二文字が表示されていた。

 それだけだった。

 返信はないし、スタンプもない。


  何の反応もないけれど。

 それでも。

 少しだけ安心した。

  「生きてる」

 思わず声に出た。

 自分でも変な言葉だと思うけれど、本音だった。


 いちこが学校を休み始めてから1ヶ月以上経っていた。

 丈がいなくなった日から、みんな少しずつ変わってしまった。

 晃平は考え込むことが増えたし、大輝は何かを抱え込んでいる。

 いちこは学校へ来なくなった。

 そして、自分も。

 変わってしまったのだと思う。

 窓の外を見る。

 夕方の空が赤く染まり始めていた。

 少し考えて、立ち上がる。

  「よしっ」

 誰に言うでもなく呟いた。

 制服のまま家を出る。

 途中の商店街でたこ焼きを買った。

 八個入りを二パック。

 店のおばちゃんが不思議そうな顔をする。

「今日は多いねぇ」

「友達の分」

 そう答えると、おばちゃんはにっこり笑った。

「仲良しは大事だよ」

 その言葉が妙に胸に残った。

 いちこの家に着いた頃には、空はすっかり朱色になっていた。

 インターホンを押す。

 反応はない。

 もう一度押す。

 やっぱり反応はない。

 知っていた。

 たぶん居留守だろう。

 だから帰らなかった。

 玄関の前の段差に腰を下ろす。

 たこ焼きの袋を膝に置いた。

「いちこー」

 返事はない。

「聞こえてる?」

 返事はない。

「聞こえてるよね?」

 やっぱり返事はない。

 響は小さく笑った。

「まあいいや」

 少しだけ空を見上げる。

 朱色の雲がゆっくり流れていた。

「私ね」

 独り言みたいに話し始める。

「お母さんに言ったんだ」

 返事はない。

「バイオリン辞めたいって」

 沈黙。

「めちゃくちゃ怒られた」

 沈黙。

「びっくりするくらい怒られた」

 沈黙。

 それでも続ける。

「でも言えた」

 風が吹く。

 秋の匂いがした。

「ジョーなら言うと思ったから」

 その瞬間。

 自分の声が少しだけ掠れた。

 響は黙る。

 丈の名前を出すだけで、まだ胸が痛かった。

 全然慣れない。

 慣れたくもなかった。

「最近さ」

 小さく笑う。

「たこ焼き食べても前より美味しくないんだよね」

 誰も返事をしない。

 でも。

 今だけはそれでよかった。

「ジョーがさ」

 言いかけて止まる。

 続きが出てこない。

 喉の奥が熱くなる。

 駄目だ。

 無理だ。私だってまだ全然平気じゃない。

 響は深く息を吐いた。

「だからさ」

 玄関の向こうへ向かって言う。

「出てきなよ」

 沈黙。

「私ひとりじゃつまんない」

 沈黙。

「たこ焼き余るし」

 沈黙。

「それに」

 少し笑う。


「私も寂しい」


 その言葉だけは、やけに素直に出てきた。


 しばらく静寂が続く。

 夕焼けは少しずつ色を濃くしていく。

 どれくらい経っただろう。

 小さな音がした。

 ガチャ。

 玄関の鍵が開く音。


  響は振り返らない。

 振り返ったら逃げられそうな気がしたからだ。

 ゆっくり。

 ドアが開く。

「……響」

 掠れた声だった。

 響はようやくゆっくりと振り返る。

 そこには。

 泣き腫らした目をしたいちこが立っていた。


「よ」

 響は笑った。

「たこ焼き食べる?」

 いちこは少しだけ呆れた顔をする。

「何それ」

「私もよく分かんない」

 その返事に。

 いちこが本当に少しだけ笑った。


 丈が亡くなってから初めて見る笑顔だった。

 

 

  いちこの家の近くの小さな公園で二人はたこ焼きを食べた。


  響は何も言わない。

 学校の話もしない。

 頑張れとも言わない。

 ただ、一緒に私との何気ない時間を過ごしてくれている。


  久しぶりに食べたたこ焼きはすごく美味しかった。

  「商店街のおばちゃん相変わらずだったよ〜」て、響は嬉しそうに話してくれた。


 夕焼けは街を朱色に染めていた。

 私のほんの小さな一歩だった。


 だけれど。

 今まで凍っていた気持ちが、ゆっくりとじんわりとあたたかくなって解け始めていた。

  それを感じられた夕方だった。


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