群青の距離
この作品には自死表現が含まれます。
苦手な方はお控えください。
十月もそろそろ終わりかけている。
朝の空気はすっかり秋のものになっていて、教室へ向かう日陰の廊下の窓を開けるとひんやりとした風が吹き込んでくる。
それなのに昼間の日差しだけはまだ少しだけ夏を引きずっていて、窓際の席では陽射しに照らされた机が白く光っていた。
昼休み。
教室にはいつもの賑やかな声が広がっている。
晃平は購買袋を机に置くと、向かいに座った響へ得意げにパンを見せた。
「見ろ」
「なに」
「焼きそばパン」
「見れば分かる」
「最後の一個」
「へぇ」
「もっと褒めろよ」
響は呆れた顔をした。
でも少しだけ笑っている。
その横では、いちこがお弁当箱の蓋を閉めながら小さく笑っていた。
学校へ戻ってきて一週間。
まだ以前みたいにはいかないけれど、それでも彼女は少しずつ教室に長く居られるようになってきた。
その様子を見ていると、晃平はなんとなく安心する。
皆の中で止まっていた時間が、少しずつ動き始めている気がした。
だからだろうか。
ふと思った。
「なあ」
三人がこちらを見る。
「久しぶりにさ」
言葉を探す。
「公園行かね?」
一瞬、空気が静かになった。
あの公園。
五人でよく集まった場所。
丈と最後に会った場所。
響は少しだけ目を伏せたあと、
「いいかも」
と呟いた。
いちこも小さく頷く。
「……うん」
その返事を聞いて晃平はほっとした。
すると。
「やめとけば」
低い声がした。
大輝だった。
三人の視線が集まる。
大輝は弁当の箸を置きながら言った。
「今さら行ってどうするんだよ」
「どうするって……」
晃平は戸惑う。
「別に。ただ集まるだけだけど」
「それ意味ある?」
言葉が少しだけ尖っていた。
響が眉をひそめる。
「大輝」
「何」
「言い方」
「普通だろ」
普通じゃなかった。
みんなそれとなく分かっていた。
最近の大輝は変だということを。
何かを独りで抱え込んでいる。
でも何を抱えているのかは誰も知らない。
「最近さ」
晃平が口を開く。
「お前ずっとそんな感じだよな」
大輝が顔を上げる。
「そんな感じって?」
「なんか」
言葉を選ぶ。
「ずっと居心地悪そうな感じじゃん」
「別に悪くない」
「悪いだろ」
「悪くないって」
即答だった。
それが逆に晃平を苛立たせた。
「じゃあ何なんだよ」
「何が」
「お前だよ」
思ったより強い声が出た。
教室の空気が少し変わる。
近くのクラスメイトたちがこちらを見た。
晃平は続ける。
「何かあるなら言えよ」
「別にない」
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
沈黙。
大輝は視線を逸らした。
それが余計に晃平をもどかしくさせる。
「友達だろ」
ぽつりと言う。
「何かあるなら話せよ」
その瞬間だった。
大輝の表情が変わった。
ほんの少しだけ。
傷付いたみたいに。
それから静かに言った。
「友達だから何?」
晃平が固まる。
「え?」
「友達なら全部話さなきゃいけないのか?」
声は大きくない。
むしろ静かだった。
だから余計に痛かった。
「そういう意味じゃ――」
「分かるわけないだろ」
大輝が遮る。
初めてだった。
大輝が人の言葉を遮るのは。
「何も知らないくせに!」
教室が静まり返る。
晃平は言葉を失った。
何も知らない。
その通りだった。
だから何も言えない。
ぎくしゃくしたまま午後の授業を受けた。
放課後、晃平は大輝の元へ近づこうとした時、大輝は立ち上がった。
「悪い」
鞄を肩へ掛ける。
「先帰る」
誰も止められなかった。
響もいちこも何となく大輝を追わない方がいい気がして、立ち尽くしてしまった。
教室の扉が閉まる。
カタン、と小さな音がした。
それだけなのに。
やけに大きく聞こえた。
「……何なんだよ」
晃平は机へ視線を落とした。
怒っているはずなのに。
胸の奥にあるのは怒りじゃなかった。
寂しさだった。
丈がいなくなってから。
みんな少しずつ変わってしまった。
いちこは学校へ来なくなった。
響は何かを決意したような顔をするようになった。
大輝は何かを隠すようになった。
そして。
自分だけが取り残されている気がした。
窓の外を見る。
空は群青色へ変わり始めていた。
昼でもない、夜でもない。
曖昧な色。
その空を見ながら晃平は思う。
あいつとの距離は。
いつからこんなに遠くなったんだろう。




