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HIGH FIVE  作者: ねこたんめん


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4/12

忘れ物の色

 

 夏休みが終わって九月になった。

 蝉の声はまだ聞こえるけれど、早朝と夜の風は少し涼しくなっていた。

 時間は勝手に進んでいくんだな、誰が止めてくれと言っても。

 時の流れの残酷さを思い知らされる。


 教室へ入る。

 窓際の一番後ろ、丈の席を見る。

 今日もそこは空いていた。

 そして、それはたぶん今日で最後だった。


 ホームルームの終わり際に、木村先生が静かに口を開いた。

「みんなに話があります」

 教室の空気が少しだけ張り詰める。

 先生は一度視線を落とした。


 そして、また顔を上げて丈の席を見た。

「小野山の机を整理することになりました」

 誰も何も言わない。

 分かっていたからだ、いつかはそうなると。


 それでも。


 誰かが口にすると違った。



 教室が妙に静かだった。

「……やっと、か」

 小さな声だった。

 響だった。

 晃平は思わずそちらを見る。

 響は窓の外を見ていた。

「何だよ、それ」

 自分でも少し刺々しい声だった。

 響はこちらを見ない。

「だって」

 静かな声。

「ずっとそのままにはできないでしょ」

 言葉が返せなかった。

 分かっていた、分かっていたんだ。

 そんなこと。

 分かっているのに。

 なんとなく腹が立って仕方がなかった。

 何に対してなのかは分からない。


 先生が続ける。

「ご家族から、仲の良かった皆さんに整理してもらえたらと話がありました」

 教室の視線が集まる。

 おれたち四人に。

 先生は少し申し訳なさそうだった。


「無理にとは言わない」


「やります、先生」

 大輝が言った。

 即答だった。

「おれも」

 気付けばそう言っていた。

 響も頷く。


 少し遅れて、いちこも。

「……うん」



 放課後、四人だけが教室に残った。

 オレンジ色に夕陽が差し込んでいる。


 嫌になるんだよ、あいつを思い出すから。


 丈の机の前に立つ。

 誰も手を伸ばさない。何も言わない。

 たった一つの机なのに。

 やけに遠い。


「……やるか」

 大輝が痺れを切らして言った。

 最初に引き出しを開ける。

 ぐしゃぐしゃのプリント、期限の切れた提出物、コンビニのレシート。

 極めつけは食べ終わったガムの包み紙。


「汚ねぇな…」

 苦笑いしながらおれはつぶやいた。


「ジョーらしい」

 響が少しだけ笑った。本当に少しだけ。


 それだけで。


 久しぶりに丈が近くにいる気がした。


 引き出しの奥を片付けようと手を伸ばすと一冊のノートが出てきた。

 表紙の端が折れている。


 大輝が何気なく開いてみた。

 そして。

 止まった。

「……何?」

 響が覗き込む。

 大輝は黙ったままページを差し出した。

 ノートの隅。

 授業とは関係ない走り書き。

 そこには、


 晃ちゃんギター上手いのに隠しすぎ


 大輝笑うと結構かわいい


 響怖そうに見えて実は優しい


 いちこ頑張り屋


 と書かれていた。

 その下に。

 でかい字で。

 みんなもっと自分のこと好きになれよ!!


 四人とも固まった。

 数秒。

 誰も何も言えなかった。



「……何だよこれ」

 晃平が笑う。

 ツン、と鼻の奥が痛くなってきた。涙が溢れてきた。

 大輝が眼鏡を外した。腕を顔に押し付けて、何も言わない。

 響は眉をへの字に、泣くのを堪えて顔を背けている。

 いちこは。

 ずっと俯いたままだった。


「いちこ?」

 響が涙声になりながらも、心配になって声を掛ける。

 返事がない。

 彼女の肩が小さく震えている。


 ぽたり。


 ノートの上に雫が落ちた。

 誰も動けなかった。

 いちこは慌てて顔を拭う。

「ご、ごめん……」

 笑おうとした。

 でも失敗した。

「私……ちょっと……」

 言葉が続かない。


 ガタッと、少しよろけた勢いで後ろの机の端にぶつかった。机が少しズレた。


 お構いなしに、いちこはそのまま教室の扉へ向かう。

「いちこ!」


 響が大声で呼びかけるが、いちこは振り返らない。


 扉が閉まる。

 教室がしん、と静かになる。

 誰も追いかけない。

 追いかけられない。

 おれにはいちこが逃げ出してしまった理由がわからなかった。

 でも、響だけは分かっているような顔をしていた。


 間もなくして、響が立ち上がった。

「行ってくる」

 短く言う。

 晃平も大輝も何も言わない。

 響は教室を出ていった。


 さっきより淡く暗くなった夕日が、誰もいなくなった扉を照らしていた。


 作業を続けようとノートを閉じようとした時。

 一枚の紙がひらりと床へ落ちた。


 晃平が拾う。

 小さく折り畳まれていた。

 それをゆっくりと開く。


 そこには、たった一行、


『人生の色』


 とだけ書かれていた。


 晃平の手が止まる。

 夕陽が紙を照らしている。

 淡いオレンジ色だった。

『なぁ、自分の人生に色が付けられるとしたら何色にする?』

 あの日の無邪気そうな声が蘇る。


 聞けなかったんだ。

 結局。

 お前のオレンジの理由が。

 あのとき、おれに何を伝えたかった?


 教室に沈黙が落ちる。

 窓の外では。

 夏の終わりの風が吹いていた。


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