灰色の匂い
この作品には自死表現が含まれます。
苦手な方はお控えください。
お焼香の匂いがした。
灰色だ。
そう思った。
匂いに色なんてあるわけないのに。
それでも今のおれには、この空間にあるもの全部が灰色に見える。
祭壇の白い花も。
黒い喪服も。
泣いている人たちの顔も。
全部。
あれ……。
おれは今どこにいるんだろう。
人が死ぬって、なんなんだろうな。
丈と別れてから三日後。
おれは今、丈の葬儀に参列している。
「まだ若いのに……」
「どうして……」
すすり泣く声があちこちから聞こえる。
けれど、その声もどこか遠い。
まるで透明な膜の向こう側で鳴っているみたいだった。
丈が自宅で亡くなったと知ったのは、公園で別れた次の日の午後。
いつもの遅刻癖で授業に遅れているだけかと思った。
その時、おれはいつもつるんでいるメンバーとお昼休みに集まっていた。
「大輝~、学校終わったらいつもの公園行こうぜーー。ジョーが華麗なダンクを見せるって昨日張り切って練習してたよ」
「お、そうなの? いいよ、今日は用事ないし一緒に行ける!つか、まだ来てないな奴は。社長出勤で大層なご身分だなあー。」
牛乳パックをすすり、メガネをちゃっと直しながら大輝は愛読のお笑い雑誌から目を上げた。
「絶対寝坊だろ!」
おれは笑った。
響きも吹き出す。
「それなら私達も行こうかな!ね、いちこ!」
響が弾んだ声でいちこに持ちかける。
「う、うん!」
いちこは少し顔を赤らめて頷いた。
「まだ来ないね……丈くん。次の英語小テストあるのに」と、お弁当箱を片付けながら心配そうにつぶやく。
あいつならギリギリで飛び込んでくるだろ。
いつものように。
そう思っていた。
昼休みが終わるまであと十分くらいになった頃だった。
教室の前扉が開く。
入ってきたのは英語の先生ではなく担任の木村先生だった。
教室が少しざわつく。
先生は、何かを言おうとして言葉を飲み込んだ。
顔色が悪い。
目も赤い。
今にも泣き出しそうだった。
「放課後……LHRで……話があります」
掠れた声だった。
「全員、残るように」
それだけ言うと先生は出て行った。
「先生どうしたんだろう?」
教室がさらにザワザワする。
「いっつもニコニコ豪快なのに、あんなの見たことないね」と珍しく真面目な顔でつぶやく響。
なんだろうな…… 胸騒ぎがした。
理由は分からない。
ただ、嫌な予感だけが残った。
午後の授業もずっと、木村先生のあの表情が頭にずっとこびり付いていた。
そして放課後。
先生は教壇に立った。
静かだった。
昼休みの時よりも。
むしろ静かすぎた。
「小野山が」
教室中の視線が集まる。
「今朝、亡くなっているのが見つかった」
誰も動かなかった。
誰も声を出さなかった。
時計の音だけが響く。
は???
あいつが??
どういうことだよ
「ご家族の希望でクラスメイトの皆にはお別れの挨拶に来て欲しいそうです――」
それ以外の言葉はほとんど覚えていない。
斜め前の席のいちこが掌を膝の上でぎゅっと握って、震えていたのだけを覚えている。
――そして今。
遺影の前。
遺影の中で微笑んでいる丈はいたずらっぽい笑顔であどけなかった。
ほんとに死んだのかよ。
なぁ。
棺の中に眠る彼は穏やかな顔をしていた。
穏やかそうな顔してんじゃねぇよ。
おきろよ。
皆泣いてるぞ。
お前のお父さんも、お姉さんも。
お前のことを好きだった奴らも。
みんな。
お焼香の匂いがした。
灰色じゃんか。




