金色の旋律
この作品には自死表現が含まれます。
苦手な方はお控えください。
十二月中旬の日曜日。
午後の日差しが部屋へ差し込んでいる。
晃平の部屋の壁際には一本のギターが立て掛けられていた。
十月に父親へ電話を掛けてから、少しずつ触る時間が増えていた。
以前はケースへしまったままだった。
けれど今は違う。
思い立った時にすぐ弾けるように、手の届く場所へ置いてある。
上手くなった実感はまだない。
それでも弦を鳴らしている時間は嫌いじゃなかった。
晃平はベッドへ寝転びながらスマホをいじっていた。
動画を見て、飽きて、また別の動画を開いて、そして閉じる。
「暇だな」
呟くが、今は勉強をする気にはなれない。
ふと視線を上げる。
ギターが見えた。
少し考えてから起き上がる。
椅子へ腰掛け、ギターを抱える。
指を置く。
ぽろん。
柔らかな音が部屋へ広がった。
何となく気持ちが落ち着く。
父親に教わったコードを弾くが、まだぎこちない。
けれど以前よりは指が動くようになっていた。
本当に少しずつだけれど、自分も前へ進んでいる気がする。
窓の外を見る。
冬の空は高かった。
その時だった。
不意に丈の言葉を思い出した。
『晃ちゃんギター上手いのに隠しすぎ』
ノートの端に書かれていた落書き。
あの雑な字。
あの無責任な言葉。
「……うるせぇな」
思わず笑う。
本当に勝手な奴だった。
言いたいことだけ言って、勝手にいなくなって。
なのに、今でも時々背中を押してくる。
晃平はスマホを手に取った。
音楽アプリを開いて、再生する。
聞き慣れたイントロが流れ始めた。
『世界が終るまでは…』
自然と口元が緩む。
「好きだったよな」
誰に言うでもなく呟く。
あのカラオケの日を思い出した。
四人で歌ったこと。
丈の話をして笑ったこと。
あれから数日しか経っていないのに、何だか少し前のことみたいだった。
晃平はギターへ視線を落とす。
そして曲に合わせて弾いてみる。
間違える。止まる。もう一度。また失敗する。
「難しいな」
苦笑する。
けれど手は止まらない。
少しずつ、少しずつ、音を追いかける。
夕陽が差し込み始める。
冬の光は柔らかくて、部屋の床を金色に染めていた。
その光の中で。
あるフレーズだけ綺麗に繋がった。
自分でも驚くほど自然に音が流れた。
「お」
思わず声が漏れる。
もう一度同じ場所を弾く。
今度も鳴った。
たった数秒。
それだけだったのに、妙に嬉しかった。
胸の奥が少し熱くなる。
その時、机の上でスマホが震えた。
響からだった。
【暇】
短い。
いつも通りだった。
晃平は笑う。
【知ってる】
送る。
すぐに返信が来る。
【バイオリン辞めたから】
【それも知ってる】
【今何してる?】
画面を見つめる。
少しだけ迷う。
でも今は何となく隠したくなかった。
【ギター】
送信。
数秒後。
【聴かせろ】
即答だった。
【嫌】
【何で】
【恥ずかしい】
少し間が空く。
そして。
【晃平らしい】
その文字を見て吹き出した。
「うるせぇ」
今度は響に向かって言う。
窓の外では夕陽が沈み始めていた。
金色だった光は少しずつ橙色へ変わっていく。
晃平はギターを見下ろした。
まだ上手くない。
まだ人に聴かせられるほどじゃない。
でもいつか。
そんな日が来るかもしれない。
ふとそんなことを思った。
そしてもう一度弦へ指を置く。
ぽろん。
冬の夕暮れの中で柔らかな音が鳴る。
晃平は小さく笑った。
「.....まだ聴かせねぇけどな」
誰に向けた言葉だったのかは、自分でも分からなかった。
けれど、どこかで笑われた気がした。
小さな旋律は静かに部屋へ響き続けていた。




