冬色の笑顔
この作品には自死表現が含まれます。
苦手な方はお控えください。
十二月に入った。
朝の教室には暖房が入るようになっていた。
窓の外では冬の風が木々を揺らしている。
季節はいつの間にか冬になっていた。
昼休み。
晃平はパンを齧りながらスマホを見ていた。
そして突然言った。
「今度カラオケ行かね?」
響が顔を上げる。
「急だな」
「急じゃない」
「急だよ」
大輝が公園でキーホルダーを渡したあの日から少し経っていた。
丈の好きだった曲の話。
晃平がギターで弾けるかもしれないと言ったこと。
その話がずっと頭に残っていた。
「別にいいけど」
大輝が言う。
「私も行く」
いちこも頷く。
「決まりな」
晃平は満足そうに笑った。
「何でそんな嬉しそうなんだよ」
「知らん」
本当に知らなかった。
ただ、みんなで何かをするのが久しぶりだった。
それだけだった。
土曜日。
駅前のカラオケ店へ皆で受付を済ませて部屋へ入る。
「寒っ!」
響が言う。
「外がな」
「じゃなくて部屋」
「暖房つけろよ」
「今つけた」
相変わらずだった。
どうでもいい会話ばかりしている。
でもそれが楽しかった。
「あ、私最初歌う」
いちこがリモコンを取る。
「早っ」
「こういうの最初に歌った方が楽じゃん」
「分かる」
響が頷く。
曲が流れ始める。
明るい曲だった。
いちこは思ったより上手かった。
「上手いじゃん」
大輝が言う。
「でしょ」
少し得意そうな顔をする。
「腹立つ」
晃平が言った。
笑いが起きる。
次は響。
予想外に昔の曲を入れた。
「渋っ」
「お父さんの影響」
「納得」
響は少し照れながら歌った。
晃平はロック。
大輝は意外にもバラードだった。
カラオケなら今まで何回も行ったことはあるのに、知らなかった一面が次々出てくる。
響がそんな曲を聴くことも。
大輝が意外と歌えることも。
いちこが妙に負けず嫌いなことも。
そんなことばかりだった。
その度に笑った。
気付けば二時間近く経っていた。
テーブルの上には空いたグラスが並んでいる。
笑い疲れて少し静かになった時だった。
響がリモコンを見ながら言う。
「あ」
みんなが顔を上げる。
画面に表示されていた曲名。
世界が終るまでは…
その曲名を見ただけで誰も何も言わなかった。
みんな同じ顔をしていた。
丈。
自然とその名前が浮かぶ。
「懐かしいな」
晃平がぽつりと言う。
「うん」
いちこが頷く。
大輝も小さく笑った。
何度聴いただろう。
何度付き合わされたか分からない。
カラオケへ行くたびに歌っていた十八番だった。
「歌う?」
響が聞く。
晃平は少し考えた。
そして、「歌うか」と予約を入れる。
イントロが流れ始める。
部屋の空気が少し変わる。
晃平はマイクを握った。
歌い始める。
上手かった。
でも、違った。
丈じゃない。
それは当たり前だった。
当たり前なのに少しだけ寂しかった。
それでも不思議と嫌じゃなかった。
サビに入る。
響が小さく口ずさむ。
いちこも。
大輝も。
誰もマイクは持たない。
でも自然と歌っていた。
丈が好きだった曲を。
四人で歌い終わる。
拍手はなかった。
代わりに少しだけ静かな時間が流れる。
「やっぱジョーの方が気持ち入ってたな」
響が言った。
「分かる」
いちこが笑う。
「絶対ドヤ顔してた」
「してた」
晃平も笑った。
「間違いない」
大輝も笑った。
その瞬間。
みんな同じことを思っていた。
もしここに丈がいたら。
今頃。
うるさいくらい騒いでいただろう。
そして、きっと言う。
『だろ?』
と。
その想像がおかしくて。
四人は笑った。
本当に久しぶりに。
心から。
帰り道。
空気は冷たかった。
街にはイルミネーションが灯り始めている。
「すごく楽しかったな」
いちこが言う。
「だな」
晃平が頷く。
「また行く?」
響が訊く。
「行く」
大輝が即答した。
みんな少し驚く。
大輝は苦笑した。
「何だよ」
「いや」
響が笑う。
「珍しいなと思って」
大輝も少しだけ笑った。
冬の風が吹く。
冷たいはずなのに、どこか温かかった。
丈はいない。
それは変わらない。
きっとこれからも。
でも。
こうして笑える時間は残っていた。
丈と過ごした時間も。
思い出も。
全部、消えたりはしない。
冬の夜空を見上げる。
その先にある星たちは小さかった。
それでも確かに輝いていた。
まるで、どこかで笑っている誰かみたいに。
四人の笑い声は、冬の街へゆっくり溶けていった。




