飴色の種
この作品には自死表現が含まれます。
苦手な方はお控えください。
クリスマスも過ぎ、冬休みに入って数日が経っていた。
午後のファミレス。
窓の外では冷たい風が街路樹を揺らしている。
窓際の席には晃平と大輝、いちこの三人が座っていた。
ドリンクバーのグラスが並ぶテーブル。特に目的もなく集まって、取り留めのない話をしている。
冬休みらしい時間だった。
晃平の足元には黒いギターケースが立て掛けられている。
「それ、ギター?」
いちこが訊いた。
「ああ」
晃平が頷く。
「親父と楽器屋寄ってた帰り」
「へぇ」
「新しいの買ったの?」
「いや。弦とかピック」
それだけだった。
いちこも大輝も、それ以上は聞かなかった。
晃平が最近ギターを弾いていることは何となく知っていた。
けれど、本人があまり話したがらないことも分かっていたからだ。
「響まだか」
大輝がスマホを見る。
「駅で買い物してるらしい」
「また無駄遣いしてんじゃね」
「ありえるな〜」
いちこが笑った。
その時だった。
「おまたせー!」
聞き慣れた声が店内へ響く。
響だった。
マフラーを外しながら席へ向かってくる。
そして。
ぴたりと足を止めた。
「……ん?」
何かを見つけた顔だった。
晃平は嫌な予感がした。
響の視線を追う。
ギターケースだった。
「……何それ」
「ケース」
「見れば分かる」
「じゃあ訊くな」
「何のケース?」
「ギター」
「やっぱり!」
響の目が輝いた。
嫌な予感が当たった。
「親父さんと楽器屋行ってた帰りだって」
大輝が説明する。
「へぇぇぇ」
響は興味津々だった。
そして案の定。
「聴かせろ」
「嫌」
即答だった。
「何で」
「恥ずかしい」
「まだ言ってる」
「まだ言う」
いちこが吹き出す。
「晃平らしい」
「うるせぇ」
響はしばらく晃平を見つめていた。
そして突然立ち上がる。
「ん?」
次の瞬間。
ひょいっとギターケースを持ち上げた。
「あっ」
「人質確保ー」
「おい!」
響は満面の笑みだった。
「返せ!」
「弾くなら返す!」
「脅迫だろ!」
「交渉です」
「最悪だ……」
いちこは笑いすぎて肩を震わせている。
大輝もポテトを食べながら頷いた。
「俺も聴きたい」
「お前までかよ」
三対一だった。
勝ち目はない。
晃平は深いため息を吐く。
「……ここじゃ弾けねぇだろ」
「あ」
響が固まる。
「確かに」
「今気付いたのかよ」
「じゃあ移動!」
結局、四人はファミレスを出ることになった。
冷たい風が頬を撫でる。
冬の空は澄んでいた。
向かう先は自然と決まっていた。
いつもの公園。
丈と過ごした場所。
みんなが集まる場所。
公園へ着く頃には、陽が少し傾き始めていた。
ベンチの近くで足を止める。
飴色の光が地面へ伸びていた。
「はい」
響がようやくギターケースを返す。
「ありがたく思え」
「思うわけねぇだろ」
晃平はケースを開いた。
ギターを取り出す。
少しだけ手が冷たい。
少しだけ緊張する。
こんな風に人前で弾くのは初めてだった。
「別に失敗してもいいじゃん」
いちこが言う。
「誰も笑わないし」
大輝も頷く。
響は何も言わない。ただ楽しそうに待っていた。
晃平は小さく息を吐く。そして弦へ指を置いた。
ぽろん。
柔らかな音が鳴る。
冬の空気へ溶けていく。
もう一度。そしてもう一度。
少しずつ旋律になる。
途中で間違え、指が止まりそうになる。
けれど止めない。
最後まで弾き切る。
音が消える。
静かな時間が流れた。
「……上手いじゃん」
最初に口を開いたのは大輝だった。
「思ったより上手かった」
いちこも笑う。
「失礼だな」
晃平が苦笑した。
「でも本当に上手だったよ」
いちこが続ける。
その言葉に少しだけ照れ臭くなる。
そして。
響がぽつりと言った。
「ジョーさ」
三人が顔を向ける。
「これ聴いたら絶対喜ぶよ」
風が吹いた。
誰もすぐには答えなかった。
でも、きっとそうだと思った。
丈ならきっと大騒ぎする。
『だから言ったじゃん!』
得意げな顔まで簡単に想像できた。
「皆うるせぇって言うな、多分」
晃平が笑う。
「言う」
響も笑う。
「絶対言う」
いちこも頷く。
「間違いない」
大輝も小さく笑った。
その瞬間。
そこには少しだけ丈がいた気がした。
姿は見えないし、声も聞こえない。
それでも。
みんな同じことを思い浮かべていた。
飴色の光がベンチを照らしている。
丈がよく座っていた場所も、四人が立つ場所も。
全部まとめて包み込むみたいに。
「ねぇ」
響が不意に言った。
「ん?」
「みんなで何かやらない?」
三人が顔を向ける。
響は少しだけ笑った。
「音楽とか」
風が吹いた。
まだ冗談みたいな提案だったが、誰も笑わなかった。
晃平はギターを見下ろす。
いちこは静かに空を見上げる。
大輝はベンチへ視線を向けた。
何かが始まる気がした。
まだ形はない。
まだ名前もない。
それでも小さな種が、確かに撒かれていた。
飴色の夕暮れの中で。




