琥珀色の贈り物
土曜日の昼下がりだった。
雲ひとつない青空が広がっている。
公園の木々は少しずつ色付き始めていて、風が吹くたび葉がかさりと音を立てた。
大輝はベンチに腰掛けながらスマホを見る。
昨日、自分から送ったメッセージ。
【明日、公園来れるか?】
それだけだった。
理由は書かなかった。
けれど、みんな来ると言った。
先に現れたのは晃平だった。
「おー」
片手を上げながら歩いてくる。
その隣には茶色い毛玉がいた。
「マロンも連れてきた」
元気よく尻尾を振りながら駆け寄ってくる。
大輝は思わず笑った。
「久しぶりだな」
しゃがみ込むと、マロンは迷いなく膝へ前足を乗せてくる。
柔らかくて温かかった。
ちゃんと生きている体温だった。
「相変わらず人懐っこいな」
「俺より人気あるからな」
晃平が肩をすくめる。
その時だった。
『お前マロンには甘いよなー』
不意に声が蘇る。
笑いながら茶化す丈の顔まで思い出してしまった。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
けれど以前みたいな痛みではなかった。
懐かしさに近いものだった。
少し遅れて響がやってくる。
「待ったー?」
「別に」
「その言い方ムカつくな。せっかくたこ焼き買ってきてやったのに!あーげないっ」
両手に下げた袋をぶらぶら振る。
「お前、ほんとにたこ焼き持参してきたのかよ」
「私が食べたかったから」
「最低の理由だな」
「うるさい」
いつもの調子で言い返す。
その時、マロンがたこ焼きの袋へ顔を近付けた。
「あっ、こら!」
響が慌てて袋を持ち上げる。
「危ない危ない!」
「お前も気を付けろよ〜 犬にたこ焼きはダメだからな」
晃平が真面目な顔で言う。
「分かってますー」
響は頬を膨らませた。
大輝はそのやり取りを見ながら少しだけ笑う。
こうやって笑うのも久しぶりだな、とふと思った。
最後に現れたのはいちこだった。
以前より少しだけ表情が柔らかくなっている。
「ごめん、待った?」
「全然」
響が答える。
いちこはマロンを見ると目を丸くした。
「あ、マロン」
名前を呼ばれた瞬間。
マロンは勢いよく駆け出した。
「きゃっ」
いちこの足元へ飛びつく。
「ちょっと、重いよ」
そう言いながら。
いちこは笑っていた。
本当に久しぶりに見る自然な笑顔だった。
晃平も響も、それを見て少し安心したような顔をする。
「はい、たこ焼き」
響が爪楊枝を差し出す。
「ありがとう」
四人でベンチへ座って、何でもない話をした。
最近のテストのこと。
先生の変な口癖のこと。
購買の焼きそばパンのこと。
くだらない話ばかりだった。
でもその時間が妙に心地良かった。
マロンはしばらく周りを走り回っていたが、不意に公園の奥へ向かって駆け出した。
古いベンチの前で立ち止まる。
みんなの視線が自然とそこへ向いた。
丈がよく座っていた場所だった。
マロンは何も知らない。
ただその場所へ行き、尻尾を振りながら座り込んでいる。
まるで誰かを待っているみたいに。
風が吹く。
色付き始めた葉がひらりと落ちた。
「……そこ好きだよな」
晃平がぽつりと言う。
「うん」
響が頷く。
「ジョー、いつもそこ座ってたし」
少しだけ沈黙が落ちる。
けれど不思議だった。
苦しくない。
寂しいのに。
どこか温かかった。
まるで、あいつが本当に近くにいるみたいで。
大輝はゆっくり話し出した。
「今日集まってもらったのさ」
三人が顔を上げる。
大輝は持ってきた紙袋を膝の上へ置いた。
「渡したいものがあったんだ」
中から小さな袋を取り出す。
「丈の親父さんにもらった」
晃平が首を傾げる。
「何それ?」
大輝は少しだけ息を吐いた。
そして、袋を開く。
小さなバスケットボールのキーホルダー。
秋の日差しを受けて小さく光った。
「丈の部屋から出てきたらしい」
三人の表情が変わる。
「五個あった」
静かな声で続ける。
「高校入ってしばらく経った時に買ったみたいだ」
響が目を見開く。
いちこも息を呑んでいた。
「五人いるから五個必要なんだってさ」
その言葉に。
誰もすぐには何も言えなかった。
大輝は一つを手に取る。
小さなバスケットボール。
手のひらに収まるくらいの大きさ。
「渡しそびれたらしい」
笑おうとして、少し失敗した。
「本当、あいつらしいよな」
「ちょっとダサいな?」
晃平が少し照れて笑いながら受け取る。
「でもジョーらしいっちゃジョーらしい」
響もニカッと笑う。
「かわいいよ、とっても」
いちこも大事そうに受け取る。
最後に残った一つを大輝が握る。
そして、紙袋の底に残った最後の一個へ目を向けた。
誰も言葉にしない。
でも、みんな同じことを思っていた。
五個目。
本来なら丈が持つはずだったものだから。
風が吹く。
ベンチの近くでマロンが尻尾を振っていた。
まるでそこに誰かがいるみたいに。
大輝はゆっくり歩き出す。
丈がいつも座っていたベンチへ。
そして。
そっと五個目のキーホルダーを置いた。
秋の日差しを受けて、小さなバスケットボールがきらりと光る。
「遅くなったな」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
けれど、その瞬間だけは五人全員がそこにいる気がした。
マロンが尻尾をふって皆の顔を嬉しそうに見つめていた。
秋の陽だまりは静かで、どこまでも優しかった。




