ショータイム
病院の正面入り口に、数台の爆音が雪崩れ込んできた。
ライトが廃墟の壁を乱暴に舐める。埃が舞い上がり、病院特有の古びた匂いが鼻を突く。現れたのは、改造されたバイクに跨る若者たちだ。彼らはヘルメットも被らず、夜の静寂を暴力的に破壊して笑い声を上げている。
『おいおい、ガチで暴走族じゃん』
『警察呼ばなくていいのこれ?』
『健太郎、行けよ!』
イヤホン越しに、長嶋の冷笑が混じった指示が聞こえる。
「行け、健太郎。そいつらに金をせびれ。この配信のスパイスだ。……殺されそうになったら叫べよ、もっと数字が跳ね上がるからな」
健太郎は、足を踏み出した。
恐怖はない。彼にあるのは、長嶋への恐怖と、アスカに会いたいという空虚な執着だけだ。彼は、懐中電灯を片手に、たむろする彼らの中へ割って入った。
「……おい、お前ら。金を、金を出せ」
喧騒が一瞬、止まった。
バイクのエンジンを切る音と、深夜の廃墟に響く風の音だけが残る。暴走族のリーダー格とおぼしき男が、眉間に皺を寄せ、健太郎をねめつけた。
「あぁ? なんだお前、ホームレスか? ここで何してんだよ」
「金が必要なんだ。少しくれ」
健太郎の声は淡々としていた。それがかえって異様だったのか、暴走族たちは呆れ顔で笑い声を上げる。リーダー格の男が、面白がるように健太郎の胸倉を掴み上げた。
「おい、撮影してるのか? ……お前、イカれてんじゃねえか。俺たちがここに来るの、知ってたのか?」
「……知らねえ。ただ、ここで稼げと言われただけだ」
健太郎が正直に答えると、男はさらに深く笑った。
「じゃあ、たっぷり遊んでやるよ。この病院、俺たちの隠れ家なんだ。邪魔した代償は、高くつくぜ?」
男たちが健太郎を取り囲み、嘲笑いながら物理的な圧力をかけてくる。引きづられた健太郎はそのまま病院内に連れ込まれる。配信の視聴者数は五千を超えた。コメント欄は「もっとやれ」「暴走族vsホームレス」と、地獄のような熱狂に包まれている。
その時だった。
不気味なほどの静寂が、病院を包んだ。
先ほどまでの暴走族の騒音も、彼らの威嚇する声も、どこか遠くから聞こえるような感覚に陥る。
二階の奥から、低く、重い音が響いた。
ドサッ。ドサッ。
何か重たいものが引きずられる音。
同時に、壁に無数に刻まれた「何か」が、ザワザワと蠢き始めた。
「……おい、今の聞いたか?」
暴走族の一人が、声を震わせた。先ほどまでの強気な姿勢はどこへやら、彼らは急に周囲を見回し始めた。
「おい!他にホームレスがいるのか?」
健太郎はただ首を横に振り、カメラを彼らに向け続けていた。
彼の瞳には、暴走族の背後にゆらりと浮かび上がる、半透明の「人の形」が映っていた。
医師の白衣を着ているのか、それともバラバラの患者なのか。判別はつかない。しかし、その影は確実に、暴走族たちに向かって手を伸ばしていた。
病院の空気が、凍りつくような冷気に変わる。
長嶋の指示が音割れしてもう聞こえない。
このカメラが構える先はきっとお金を生むだろう。
健太郎はにんまりと笑みを張り付けていた。




