走り屋の会合
長嶋のスマホから流れる指示は、冷徹な機械音のように響いた。
「いいか、健太郎。これはエンターテインメントだ。お前が乞食のように金をせびり、暴走族に追い回される。その滑稽さと恐怖が、視聴者の脳を痺れさせるんだ」
長嶋は、路地裏の湿った空気をものともせず、手慣れた手つきで配信アプリを立ち上げた。アカウント名は『無敵の男・健太郎!噂の廃病院に集まる暴走族に凸ってみたw w w 』。なんとも安っぽい名前だが、長嶋が用意したプロモーション用のサムネイルは、血の滲むような赤で彩られ、夏休み期間であったことも含めすでに数十人の待機視聴者を獲得していた。
「この病院、知ってるか?」
長嶋が画面に表示したのは、山間の麓に佇む廃病院の地図だった。
「かつてここの医師は、点滴に劇薬を混ぜて患者を殺しまくった。しかもそれだけじゃなく医療ミスも多く犠牲者は数百人とも言われている。……近隣住民の証言じゃ、今でも夜な夜な、助けを求める悲鳴や、医師を呼ぶ声が聞こえるらしいぜ」
健太郎は、その言葉を聞いても恐怖を感じなかった。
ただ、画面の右上に表示された「投げ銭」の数字だけを見つめていた。その数字がアスカの笑顔に直結する。そう思うと、どんな地獄でも道が舗装されているように感じた。
「行け。俺は遠隔で指示を出す。もし通信を遮断したり、俺の指示に従わなかったりしたら……わかってるな?」
健太郎は無言で頷き、長嶋が用意した古びたタクシーに乗り込んだ。
街の明かりが遠ざかるにつれ、車内は静寂に包まれる。窓の外には、深い闇を湛えた山肌が迫っていた。
何度かバックミラー越しにタクシーの運ちゃんが話しかけてくるが黙り込んで対応しなかった。
するとチラチラと嫌な目線を送るだけにとどまった。
山道を登りきり、車を降りると、そこには異様な静けさがあった。
夏だというのに、肌を刺すような冷気が漂っている。目の前にそびえ立つ廃病院は、まるで巨大な墓標のように黒ずんだ輪郭を夜空に刻んでいた。窓ガラスはほとんど割れ、風が通り抜けるたびに、ヒューヒューと笛のような音が漏れ出している。
「配信開始だ」
長嶋の指示がイヤホン越しに飛ぶ。
健太郎はスマホを構え、廃病院の入り口へと足を踏み入れた。
配信画面には、瞬く間にコメントが流れていく。
『うわ、マジのやつじゃん』
『健太郎、マジで入るのか?』
『これあの〇〇病院じゃんw』
『死ぬなよw』
コメントは嘲笑と野次馬根性に満ちていた。
健太郎は、誰もいないロビーを無表情で通り過ぎた。かつて医療の現場だった場所は、今や埃とカビの吹き溜まりとなっていた。懐中電灯の光が、剥がれかけた壁紙と、錆びついた診察台を照らし出す。
(誰もいない。噂なんて、ただの噂だ)
ひとつ病室の小部屋に残されたボロボロのベッドに変な御札のようなものが沢山貼られている物があった。
カメラを向けてみるが何も映った様子はない。
『御札やん』
『え…』
『やば』
『剥がせよ』
と、コメントが流れたと同時に長島から指示が届く。
「剥がせ」
健太郎は迷うことなくその御札の紙をペリペリと全部剥がす。
ただただ静寂と自分の息の荒さだけが病室を反響する
何も起こらない…
健太郎がそう思った瞬間、背後の暗闇から、遠くでエンジンの唸る音が聞こえた。
夜の山を切り裂くような、騒がしい排気音。
パラリラ、パラリラ――。
下品な調律のついたバイクの音が、すぐそこまで迫っていた。
配信画面のコメントが、一気に加速する。
『暴走族キタ━━━(゜∀゜)━━━!』
『健太郎終了のお知らせwww』
『御札何やってん』
『暴走族ボコろ』
健太郎は身構えた。
それが、彼という名の「カメラ」が収めるべき、最初の残酷な映像の始まりだった。




